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タウレドゥヌムの地すべりと津波

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
タウレドゥヌムの地すべりと津波
レマン湖。右端奥がタウレドゥヌム候補地。手前はヴヴェイ
現地名 Tauredunum-Ereignis
英語名Tauredunum event
日付563年
場所フランク王国オルレアン分王国[1] タウレドゥヌム、レマン湖
(現:スイスの旗 スイス ヴァレー州モンテー郡ポール=ヴァレー ル・グラモン山?)
座標北緯46度21分27秒 東経6度51分7秒 / 北緯46.35750度 東経6.85194度 / 46.35750; 6.85194座標: 北緯46度21分27秒 東経6度51分7秒 / 北緯46.35750度 東経6.85194度 / 46.35750; 6.85194

563年タウレドゥヌム中世ラテン語:Tauredunum)地すべりレマン湖に達し、津波を発生させ、湖岸一帯を荒廃させた。二人の同時代の歴史家は、この災害がレマン湖の東のタウレドゥヌムという場所で起きたと伝えている。津波は湖全体に広がり、湖岸の村々を襲い、ジュネーヴ市壁をも押し流し、多数の死者を出した。 2013年10月の発表の研究によれば、ローヌ川がレマン湖に流れ込む地点に集積した堆積物の崩壊がトリガーとなり、地すべりを起こしたと指摘している。この崩壊が巨大な地下の泥流を生じた。それにより数億立方メートルの堆積物がレマン湖に押しだされ、最大で16メートルの津波を生じさせ、70分以内にジュネーヴを襲った。これ以前に4回の津波の証拠が見つかっており、これはレマン湖で繰り返される現象であることを示唆している。この出来事は再び繰り返されるおそれがあり、より多くの人々に影響を及ぼす可能性がある。

史料の記述

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この出来事の詳細はトゥールのグレゴリウスの『フランク史』に書かれている。

 ガリアではタウレドゥヌムの砦に異変が起きた。この城はロダヌス川畔にそびえていたのだが、ここで六〇日以上奇妙なとどろきが聞こえた。それから山が裂けて隣の別の山から離れ、人間、教会、財産、家々もろともロダヌス川中に没した。川の両岸が切り立っていたため、水は逆流した。

 この川は山に挟まれた隘路を急流となって下っていた。上流では水が氾濫して両岸にある物をさらって行った。水はふくれあがって下りつつ不意に人間に襲いかかり、上流でしたごとくにあまたの人命を奪い、家を転覆させ、家畜をさらい、岸辺にある一切合切を押し流し、ほとばしり溢れ、破壊しつつイェヌバの町におし寄せた。

 多くの人が、水の巨大なかたまりがこの町の壁を易々と乗り越えたと伝えている。前述のごとくこの川は山隘を流れていたため他方へ転ずることができなかった。このため山が崩れると一度にあらゆるものをぬぐい去ったのである。

— トゥールのグレゴリウス 『フランク史』4.31、杉本正俊訳(2007), 新評論, pp. 172-173

また、アウェンティクムのマリウスの『年代記』にも記述がある。

ヴァレーの領域にある「タウレドゥヌム」山が突然崩れ、近くにあった城、そして、村々とその住人に覆いかぶさった。そして、長さ60マイル、幅20マイルに渡る湖を攪拌し、両岸に水が溢れた。大昔からある町は人や牛と共に破壊された。いくつかの聖なる場所も、そこに属する聖なる物と共に埋った。ジュネーヴ橋、水車そして人々は勢いよく押し流された。そして水がジュネーヴ市内にも入り込んで、多くの人命が失われた。 — アウェンティクムのマリウス『年代記』、[2]

タウレドゥヌムの場所、アルプスの津波

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レマン湖に注ぐローヌ川

タウレドゥヌムの場所には議論があり、サン=モーリス(Saint-Maurice)付近のボア=ノワール森(Bois Noir)やサン=ギンゴルフ(Saint-Gingolph)付近のブランシャール峰(Pic du Blanchard)の麓などともいわれているが[3]、レゼヴエット(Les Evouettes)近郊のル・グラモン山(Le Grammont)であると考えられている。このあたりで、ローヌ川はレマン湖に注いでいる[4]。このような地すべりはアルプスでは珍しくなく、1963年10月にはトック山の斜面が崩壊し、2億6000万立方メートルの土砂がバイオントダム湖に流れ込み、発生した津波で2500人近くが死亡した[5]。より小規模ながら、地すべりによる津波はスイス国内でも他に少なくとも3件発生している(ルツェルン湖ラウエルツ湖ブリエンツ湖)。危険性はスイス連邦市民防衛局でも認識されており、地すべりによる津波は防災計画で評価されている。リギ山ビュルゲンシュトック山はよりリスクが高く、実際にビュルゲンシュトック山からルツェルン湖に巨礫が落水し、小規模な津波しか発生することは珍しくない[6]

津波の発生機序

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ステファニー・ジラルドロとガイ・シンプソンらジュネーヴ大学の研究チームによれば、563年の津波は、地すべりが直接引き起こしたものではなく、湖底の堆積物の崩壊が引き起こしたという。研究チームは、大規模なタービダイト[7]扇状層が湖底に広がっているのを確認した。この扇状層はローヌ河口から北西方向に延びており、河口では川の流れが渓谷のような水面下の水路群を刻んでいた。タービダイト層は巨大で、長さ10キロ、幅5キロ以上にわたっており、平均水深は5メートル、少なくとも2億5000万立方メートルの容量を持つ。タービダイト層の生物遺存体の分析により、この層は381年から612年のものだとわかり、これはタウレドゥヌムの地すべりと矛盾しない[8][9]

津波の到達時間と波高

この仮説によれば、タウレドゥヌムの地すべりが、ローヌ河口の堆積層を不安定化させ、その崩壊と巨大な津波を生じさせたという。コンピューターシミュレーションによれば、この崩壊によって最大で16メートルの津波が発生し、70分以内には湖全体へいきわたる。ローザンヌは15分後に13メートルの津波に襲わるだろうが、この都市は急坂にあるため被害は限定的である。ジュネーヴは8メートルの津波に襲われ、より大きな被害を被るだろう。この高さの津波であれば、年代記に書かれた破壊を引き起こしうる。他の湖岸の町々でも、エヴィアン=レ=バンで8メートル、トノン=レ=バンで6メートル、ニヨンで4メートルの津波に襲われるであろう[8]。津波は時速70キロで伝わるため、避難のための時間は少ないであろう[10]

研究チームは、さらに4つのタービダイト層を発見しており、この津波が19000年前の最終氷期以降のレマン湖で繰り返されていることを示唆している。発生周期を求めるには、さらなる研究が必要だが、ガイ・シンプソンは「(津波は)確かに起こったことで、いつかまた起きると予測できる」としている[11]。カタリナ・クレーマーは、海だけでなく淡水でも津波のリスクはあるし、それはレマン湖に限らず、他の山岳湖でも同様だと指摘し、「湖岸に急斜面のあるすべての湖で津波のリスクが認められる」にもかかわらず[6] 、「多くの人間が湖で津波が起きることを知らず、このリスクは軽視されている」と警鐘を鳴らしている[5]。このリスクはジュネーヴでは顕著である。ジュネーヴは低地であり、津波を強化する漏斗状水域の突端にあるからである[6]。現在レマン湖畔には100万人以上が住んでおり、次の津波の影響はより甚大かもしれない[11]

脚注

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  1. ^ 佐藤彰一『フランク史Ⅱ メロヴィング朝の模索』名古屋大学出版会, 2022, p. 140
  2. ^ Bonney, Thomas George (1868). The Alpine regions of Switzerland and the neighbouring countries: a pedestrian's notes on their physical features, scenery, and natural history. Deighton, Bell and co. p. 131. https://archive.org/details/alpineregionssw00bonngoog 
  3. ^ Revaz, César; Galliker, Michel (1999). Du massif du Mont-Blanc au lac Leman. Rotten-Verlag. p. 53. ISBN 9783907816936 
  4. ^ Favrod, Justin (28 August 2012). “Tauredunum”. Historical Dictionary of Switzerland. 2 November 2012閲覧。
  5. ^ a b “Call to assess risks of Alpine lake tsunami in Austria”. Austrian Independent. (30 October 2012). オリジナルの1 February 2014時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20140201193333/http://austrianindependent.com/news/General_News/2012-10-30/12509/Call_to_assess_risks_of_Alpine_lake_tsunami_in_Austria 2 November 2012閲覧。 
  6. ^ a b c “Als Genf von einem Tsunami überrollt wurde” (ドイツ語). Tages-Anzeiger. (30 October 2012). https://www.tagesanzeiger.ch/wissen/natur/Als-Genf-von-einem-Tsunami-ueberrollt-wurde/story/17350030 8 December 2017閲覧。 
  7. ^ 急流によって堆積した砂と泥の混合物
  8. ^ a b Kremer, Katrina; Simpson, Guy; Girardclos, Stéphanie (28 October 2012). “Giant Lake Geneva tsunami in AD 563”. Nature Geoscience (Nature) 5 (11): 2–3. Bibcode2012NatGe...5..756K. doi:10.1038/ngeo1618. 
  9. ^ Marshall, Jessica (2012-10-28). “Ancient tsunami devastated Lake Geneva shoreline”. Nature. doi:10.1038/nature.2012.11670. http://www.nature.com/news/ancient-tsunami-devastated-lake-geneva-shoreline-1.11670 2012年11月5日閲覧。. 
  10. ^ Nuwer, Rachel (30 October 2012). “Lake Tsunamis Happened Before and Could Happen Again”. http://blogs.smithsonianmag.com/smartnews/2012/10/lake-tsunamis-happened-before-and-could-happen-again/ 2 November 2012閲覧。 
  11. ^ a b Maugh II, Thomas H. (29 October 2012). “Monster tsunami in Geneva was produced by rockfall, researchers say”. Los Angeles Times. http://www.latimes.com/news/science/sciencenow/la-sci-sn-lake-geneva-tsunami-20121029,0,709366.story?track=rss 2 November 2012閲覧。 

関連項目

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