セルゲイ・イリューシン
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セルゲイ・イリューシン Серге́й Илью́шин | |
|---|---|
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1940年代 | |
| 生誕 |
1894年3月30日 |
| 死没 |
1977年2月9日(82歳没) |
| 出身校 | 空軍アカデミー |
| 職業 | 航空機デザイナー |
| 配偶者 | ライサ・ジャルコフスカヤ |
| 子供 | ウラジーミル・イリューシン |
| 受賞 | 技術科学博士 |
セルゲイ・ウラジーミロヴィチ・イリューシン (ロシア語: Серге́й Владимирович Илью́шин、ラテン文字表記の例:Sergei Vladimirovich Il'yushin、1894年3月30日 - 1977年2月9日)は、ソビエト連邦の航空機デザイナー。航空機メーカーのイリューシン設計局(S・V・イリユーシン記念試作設計局、現在のS・V・イリユーシン記念航空複合体)の創設者である。
経歴
[編集]1894年3月30日にロシア帝国のヴォログダ県ディリャレヴォに誕生する。1910年から航空機に興味を持つようになり、第一次世界大戦中にパイロットとして従軍し、1919年に赤軍の航空技官となる。1926年に空軍アカデミーで工学の学位を得た後に航空機のデザインを始めるようになる。
イリューシンが設計したIl-2攻撃機とIl-4爆撃機は第二次世界大戦中に赤色空軍で制式採用され、多方面に配備された。戦後はIl-18やIl-62などの旅客機を生み出した。1968年にソ連科学アカデミーの会員となる。レーニン勲章をはじめ、数多くの勲章を受章した。1977年に死去し、モスクワのノヴォデヴィチ修道院の墓地に埋葬された。
息子のウラジーミル・セルゲーイェヴィチ・イリユーシンは、テストパイロットとしてよく知られており、空軍少将にまで出世した[1]。
脚注
[編集]- ↑ “ガガーリンは本当に世界初の宇宙飛行士だったのか”. ロシア・ビヨンド (2020年4月1日). 2022年8月1日閲覧。
カテゴリ:
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- 第6回ソビエト連邦最高会議の代議員
- 第7回ソビエト連邦最高会議の代議員
- ヴォログダ県出身の人物
- 1894年生
- 1977年没