セルゲイ・イリューシン
ナビゲーションに移動
検索に移動
Il-2の模型を手にするイリューシン(1942年)
セルゲイ・ウラジーミロヴィチ・イリューシン (ロシア語: Серге́й Владимирович Илью́шин ; 1894年3月30日-1977年2月9日)はソ連の航空機メーカー・イリューシン設計局(S・V・イリユーシン記念試作設計局、現在のS・V・イリユーシン記念航空複合体)の設計者(デザイナー)[1]。
経歴[編集]
1894年に帝政ロシアのヴォログダ県ディリャレヴォ(Дилялево )に生まれる。1910年から航空機に興味を持つようになり、第一次世界大戦中にパイロットとして従軍する。1919年に赤軍の航空技官となる。1926年に空軍アカデミーで工学の学位を得た後に、航空機のデザインを始めるようになる。
イリューシンが設計したIl-2 (航空機)とIlyushin Il-4は第二次世界大戦中に重宝され多用された。戦後はIl-18 (航空機)やIl-62 (航空機)などの旅客機を生み出した。1968年にソ連科学アカデミーの会員となる。レーニン勲章をはじめ、数多くの勲章を受章した。1977年に死去。
モスクワのノヴォデヴィチ修道院の墓地に埋葬された。
息子ウラジーミル・イリューシンは、有名なテスト飛行パイロットとしてよく知られている。