ステファン・イシザキ

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ステファン・イシザキ Football pictogram.svg
Stefan Ishizaki.JPG
名前
本名 ステファン・ダイスケ・イシザキ
Stefan Daisuke Ishizaki
愛称 Ishi[1]
ラテン文字 Stefan Ishizaki
基本情報
国籍 スウェーデンの旗 スウェーデン
生年月日 (1982-05-15) 1982年5月15日(34歳)
出身地 ストックホルム
身長 181cm
体重 72kg
選手情報
在籍チーム スウェーデンの旗 AIKソルナ
ポジション 右SH, OH
背番号 24
利き足 右足
ユース
1987 スウェーデンの旗 ユールゴーデン
1988-1998 スウェーデンの旗 ルグスヴェズ
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1999-2003 スウェーデンの旗 AIK 103 (17)
2003-2004 イタリアの旗 ジェノア (loan) 4 (0)
2004-2005 ノルウェーの旗 ヴォレレンガ 15 (2)
2006-2013 スウェーデンの旗 エルフスボリ 183 (48)
2014-2015 アメリカ合衆国の旗 ロサンゼルス・ギャラクシー 50 (6)
2015- スウェーデンの旗 AIK 36 (5)
代表歴2
1997-1999 スウェーデンの旗 スウェーデン U-16 29 (4)
2000 スウェーデンの旗 スウェーデン U-18 3 (1)
2001-2004 スウェーデンの旗 スウェーデン U-21 21 (5)
2001-2012 スウェーデンの旗 スウェーデン 13 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2017年1月21日現在。
2. 2013年6月18日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

ステファン・ダイスケ・イシザキStefan Daisuke Ishizaki, 1982年5月15日 - )は、スウェーデンストックホルム出身のサッカー選手アルスヴェンスカンAIKソルナ所属。ポジションはミッドフィルダー日系2世。

経歴[編集]

クラブ[編集]

スウェーデンでの初期[編集]

サッカー選手で日本人の父とスウェーデン人の母の間に生まれた[1]イシザキは、1987年にユールゴーデンIFの下部組織でキャリアを始め、翌年に同じストックホルムを拠点とするルグスヴェズIFへ移動。ルグスヴェズでは、各カテゴリーを経て16歳の時にスウェディッシュフットボール・ディヴィジョン4(6部)でプレーした[1]。また、当時の同僚にはAIKソルナでも共になるベンジャミン・キベベ英語版が在籍していた。

1999年、指導陣にリカルド・ノルリング英語版スチュアート・バクスターの存在が決め手となり、ストックホルム最大にしてスウェーデン・サッカー界の主要クラブであるAIKソルナと契約を締結[1]。同年3月にスウェーデンカップ4回戦のゲフレIF戦で80分から途中出場の形でデビューを果たすと、5月14日のIFKヨーテボリとの決勝戦(1-0勝利)にも再び途中出場で出番が与えられ、パトリック・イングルンドの得点で優勝が決定。この優勝から、16歳364日でスウェーデンサッカー界のカップ戦での歴代最年少受賞記録を更新し、ゲフレ戦でのデビューでアレクサンデル・オストランド英語版を抜き、AIKの歴代最年少出場記録を更新した[1]

2000年4月10日、将来契約することとなるIFエルフスボリ戦でリーグデビューを果たしてからすぐさまレギュラーとしての地位を確立し、7月18日のヘルシンボリIF戦(4-1勝利)で初得点と2アシストの活躍を見せた。翌2001年シーズンは、キプロスでのシーズン前の試合で足を骨折したことで開幕戦を逃し、さらに怪我の影響でシーズン中も悩まされていたが、2002年シーズンに完全に回復した[1]

国外[編集]

2003年12月23日にイタリア2部ジェノアCFCへ貸し出される[2]も、地位を確立することが出来なかったため完全移籍のオプションは行使されることなく、契約満了に伴い2004年6月25日にAIKへ復帰した[3]。残留に苦しむAIKに復帰すると4得点を挙げる活躍をしたが2部降格を防ぐことは出来ず、パ・モドゥ・カー英語版, ホーカン・スヴェンソン英語版らと共に退団することになり[4]ノルウェー1部ヴォレレンガ・フォトバルへ移籍した。ヴォレレンガでは、13連覇と圧倒的な強さを見せていたローゼンボリBKを抑え、1984年以来となるリーグ優勝に貢献した。

スウェーデンに復帰[編集]

2006年シーズン前に母国へ復帰したイシザキは、2005年11月29日に移籍金300万スウェーデン・クローナIFエルフスボリと4年契約を締結する[5]と、すぐさま中心選手としてプレーし、加入1年目にリーグ優勝のタイトルを獲得した[6]。翌シーズンはリーグ戦で8得点を挙げる活躍を見せ、また、ロイヤルリーグでも中心選手として活躍し準決勝進出に貢献した。

2008年シーズンはアンデシュ・スヴェンソン, フレデリック・ベリルンド英語版, デニー・アブディッチ英語版らと共にクラブを支えるも、カルマルFFに次ぐ2位に終わった。翌2009シーズンは、序盤にハムストリングを負傷したことで約6週間離脱した[7]が変わらずレギュラーとしてプレーし6得点を記録。2010年1月にはエルフスボリと契約を2014年まで延長した[8]。その後の2010年シーズンは、再び怪我に見舞われた[9]ことで出場機会は13試合と限られたものとなったが、6得点を挙げ高い得点率を記録した。2011年は2位でシーズンを終え、久しぶりに欧州カップ戦出場権を獲得、個人としては3シーズン連続で6得点を記録した。

2014年ロサンゼルス・ギャラクシーへ移籍した。

2015年7月10日、AIKソルナに復帰した。

代表[編集]

スウェーデン代表としては、2001年にU-21代表とそれぞれでデビューをした。また、U-21では中心選手としてプレーし、UEFA U-21欧州選手権2004で4位入賞に貢献した。

タイトル[編集]

クラブ
AIKソルナ
ヴォレレンガ・フォトバル
IFエルフスボリ

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f "STEFAN ISHIZAKI - HÖGERMITTFÄLTAREN 2000-04"
  2. ^ "Ishizaki hyrs ut till Genoa"
  3. ^ "Titta - här gör Ishizaki comeback i AIK"
  4. ^ "Ishizaki klar för Vålerenga"
  5. ^ "Ishizaki klar för Elfsborg"
  6. ^ "Elfsborg klarade pressen och vann SM-guldet"
  7. ^ "Ishizaki kan bli borta i sex veckor"
  8. ^ "Ishizaki stannar i Elfsborg"
  9. ^ "Stefan Ishizaki skadad – igen"

外部リンク[編集]