ジャヤンタ・ダナパラ

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Jayantha Dhanapala.jpg

ジャヤンタ・ダナパラJayantha Dhanapala1938年12月30日 - )はスリランカの外交官で、国連職員。2006年現在は軍縮問題担当の事務次長を務めている。2007年からは、パグウォッシュ会議の会長[1]

青年期[編集]

ダナパラは1938年12月30日にスリランカで生まれた。彼の家族はBadullaの裕福な家の出身である。ダナパラはスリランカにおける代表的な最高学府であるキャンディのトリニティ・カレッジで教育を受けた。学校では多彩な才能を発揮し、1956年のThe Ryde Gold Medalを受賞している。17歳の時にはエッセイ・コンテストにおいて『我々が望む世界』と題する作品を提出し、最優秀賞を受賞した。この副賞としてアメリカ合衆国への旅に出た彼は、当時上院議員であったジョン・F・ケネディドワイド・アイゼンハワー大統領と面会している。これらの出会いによってダナパラは国際政治に関わりたいとの希望を持つようになった。

外交官としてのキャリア[編集]

スリランカ政府の外務省に入省した彼は、ロンドン、北京、ワシントンDC、ニューデリー、ジュネーヴなどの海外勤務を経験した。1984年から3年間はスイス大使を務めている。この後は国連大使、そして1995年からは在米大使に任命された。

1990年代にスイスのジュネーヴで開催されたNPO会議に招かれた彼は、優れた指導力と外交スキルを賞賛された。ニューヨーク・タイムズ紙は、彼をこの会議の司会を務めたことで、平和主義者の間では最も著名な外交官のひとりと目されるようになったと述べている。

事務次長補[編集]

国連のコフィ・アナン事務総長はダナパラの才能に目を付け、彼を国連に招いた。1998年から2003年まで事務次長補として軍縮問題を担当した。2004年からは平和プロセス担当の事務次長に任命され翌年までその職を務めた。これらの国連での任務と同時に、スリランカ大統領の特別補佐も兼任している。2006年に改選される事務総長への立候補を行ったが、予備投票においていずれも最下位におわり、9月に立候補を辞退している。

著書[編集]

  • Multilateral Diplomacy and the NPT: An Insiders’ Account

Jayantha Dhanapala with R. Rydell, Geneva: United Nations Institute for Disarmament Research, 2005

  • Regional Approaches to Disarmament, Security and Stability

Jayantha Dhanapala (ed.), Geneva: UNIDIR, 1993, published for UNIDIR by Dartmouth (Aldershot)

  • The United Nations, Disarmament and Security: Evolution and Prospects Jayantha Dhanapala (ed.), Geneva: UNIDIR, 1991
  • China and the Third World Jayantha Dhanapala, New Delhi: Vikas, 1985

脚注[編集]

  1. ^ Pugwash Conferences on Science and World Affairs