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サウリウス・ミコリウナス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
サウリウス・ミコリウナス
名前
ラテン文字 Saulius Mikoliūnas
基本情報
国籍  リトアニア
生年月日 (1984-05-02) 1984年5月2日(40歳)
出身地 ヴィリニュス
身長 178cm
体重 72kg
選手情報
ポジション DF / MF
利き足 両足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2002-2003 リトアニアの旗 FCヴィリニュスリトアニア語版 13 (1)
2003 リトアニアの旗 エクラナス・パネヴェジース 16 (0)
2004-2009 リトアニアの旗 カウナス 23 (0)
2005-2009 スコットランドの旗 ハート・オブ・ミドロシアン (loan) 102 (11)
2009-2012 ウクライナの旗 アルセナル・キエフ 78 (6)
2013-2014 ウクライナの旗 セヴァストポリ 16 (0)
2014-2015 ベラルーシの旗 シャフティオール・ソリゴルスク 32 (4)
2016-2023 リトアニアの旗 ジャルギリス 162 (11)
代表歴
2003  リトアニア U21 3 (0)
2004-2022  リトアニア 101 (5)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

サウリウス・ミコリウナスリトアニア語: Saulius Mikoliūnas, 1984年5月2日 - )は、リトアニアの元プロサッカー選手。元リトアニア代表。現役時代のポジションはディフェンダー(サイドバック)、ミッドフィールダー(サイドハーフ)。

経歴

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クラブ

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ハーツでのミコリウナス(2009年)

母国リトアニアのクラブを経て、2005年にスコットランドに渡り、ハーツで主力として活躍した。2006年12月26日、タインカッスル・スタジアムで迎えたエディンバラのライバルクラブであるハイバーニアン戦に勝利し、多くの評論家を黙らせた。2008年12月2日、ミコリウナスは4シーズン在籍したエディンバラのクラブを去り、新たな挑戦をすると発表した。2009年4月27日、リトアニアの同胞であるデイヴィダス・チェスナウスキスとともにハーツを退団することが確認された[1]

翌月、夏の移籍市場でスウォンジー・シティとフリーで契約する予定であったが、スウォンジーのロベルト・マルティネス監督がウィガン・アスレティック移ったため、この移籍は実現しなかった[2]

結局、ウクライナアルセナル・キエフに3年契約で加入した[3]

2013年1月、FCセヴァストポリに移籍した[4]

2014年8月、FCシャフティオール・ソリゴルスクに移籍した。

2015年12月、FKジャルギリスに加入することが発表された[5]

2019年5月9日、UEFA B級指導者ライセンス英語版を取得した[6]

2023年10月、現役引退を表明し、11月12日のシーズン最終戦をもってユニフォームを脱いだ[7]

代表

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2004年にリトアニア代表デビューを果たし、代表初ゴールは2007年のジョージア戦であった。翌年、ルーマニア戦で2ゴール目を記録している。

2020年9月4日、UEFAネーションズリーグカザフスタン戦に出場し、代表通算85試合目となり、アンドリュス・スケルラが保持していた記録を更新し、リトアニア代表の最多出場選手となった[8]。2022年9月25日、UEFAネーションズリーグルクセンブルク戦で、リトアニア代表として初の100キャップに到達した[9][注釈 1]

個人成績

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クラブ

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代表

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リトアニア代表国際Aマッチ
出場得点
2004 6 0
2005 7 0
2006 4 0
2007 6 1
2008 8 1
2009 6 0
2010 5 0
2011 7 1
2012 6 0
2013 9 1
2014 7 1
2015 2 0
2016 2 0
2017 0 0
2018 0 0
2019 9 0
2020 6 0
2021 6 0
2022 5 0
通算 101 5

ゴール

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# 年月日 開催地 対戦国 勝敗 試合概要
1. 2007年6月2日 Darius and Girėnas Stadium( リトアニア  ジョージア ○1-0 UEFA EURO 2008予選
2. 2008年9月6日 Stadionul Dr. Constantin Rădulescu( ルーマニア  ルーマニア ○3-0 2010 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選
3. 2011年3月25日 Darius and Girėnas Stadium  ポーランド ○2-0 親善試合
4. 2013年10月11日 LFFスタディオナス リトアニア  ラトビア ○2-0 2014 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選グループG
5. 2014年10月9日  エストニア ○1-0 UEFA EURO 2016予選・グループE

タイトル

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FBKカウナス
ハート・オブ・ミドロシアンFC
FKジャルギリス
  • Aリーガ(2016、2020、2021、2022)
  • LFFタウレー(2016、2018、2021、2022)
  • LFFスペルタウレー(2016、2017、2020、2023)

脚注

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注釈

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  1. ^ 99試合となっているデータベースが多く、National Football Teamsによれば2013年の親善試合のアルバニア戦ルクセンブルク戦モルドバ戦のいずれかが国際Aマッチでない可能性がある

出典

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  1. ^ “Hearts players become free agents” (英語). BBCスポーツ. (28 April 2009). http://news.bbc.co.uk/sport1/hi/football/teams/h/heart_of_midlothian/8022699.stm 29 April 2009閲覧。 
  2. ^ “Mikoliūnas nebesitiki žaisti „Swansea City“” (リトアニア語). 15min. (9 June 2009). https://www.15min.lt/sportas/naujiena/futbolas/mikoliunas-nebesitiki-zaisti-swansea-city-24-44558 2022年10月14日閲覧。 
  3. ^ “Naujasis S.Mikoliūno klubas – Kijevo "Arsenal"” (リトアニア語). Futbolas.lt. (12 July 2009). オリジナルの17 July 2009時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20090717082525/http://www.futbolas.lt/lt/naujienos/,nid.3387 13 July 2009閲覧。 
  4. ^ S.Mikoliūnas perėjo į „Sevastopol“ gretas” [S. Mikoliūnas moved to the ranks of 'Sevastopol'] (リトアニア語). delfi.lt (21 January 2013). 2023年12月26日閲覧。
  5. ^ Vilniaus „Žalgiris“ prisiviliojo Saulių Mikoliūną” [Vilnius 'Žalgiris' attracted Saulias Mikoliunas]. 15min.lt (2015年12月18日). 2023年12月26日閲覧。
  6. ^ “"Skrieja kamuolys" specialus epizodas: S.Mikoliūnas apie linksmas istorijas su V.Romanovu” (リトアニア語). FKジャルギリス. (16 May 2019). オリジナルの2019年5月17日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20190517042952/http://www.fkzalgiris.lt/naujienos/n7647.html 17 May 2019閲覧。 
  7. ^ „Žalgiris“ nesugadino Mikoliūno atsisveikinimo rungtynių” ['Žalgiris' did not spoil the farewell match of Mikoliūnas]. delfi.lt (2023年11月12日). 2023年12月26日閲覧。
  8. ^ Tautų lygos starte nusileista Kazachstano rinktinei” (リトアニア語). リトアニアサッカー連盟 (4 September 2020). 9 June 2021閲覧。
  9. ^ Istorija, trukusi 18 metų: Saulius Mikoliūnas jau pasiruošęs paskutiniam šokiui” (リトアニア語). 15min (25 September 2022). 26 September 2022閲覧。

外部リンク

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