ケベック独立運動

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オレンジ色で示されるケベック州の位置

ケベック独立運動(- どくりつうんどう)(フランス語Mouvement souverainiste du Québec)はカナダにおけるフランス語圏であるケベック州英語圏から分離独立を目指す政治運動であり、イデオロギーである。

カナダでは長い間、多数派である英語系住民に対し、少数派であるフランス語系住民がより強力な自治権を求め続けており、その強力な自治権の最たるケースとして、ケベックのカナダからの分離独立である。1960年代には分離独立を求める諸派が集まりケベック党を結成、1968年よりカナダ連邦政府に対しケベック州自治強化などの憲政上の交渉や、分離独立を争う住民投票を要望するなどの活動を行なってきた。

1980年には「主権・連合構想(sovereignty-association)」と呼ばれる、カナダ連邦とケベックの「経済的連合」(分離独立を直接の目的をしない[1])のための交渉を行なうかどうかを問う住民投票が実施され、約6割の住民がこれを否定。特に1982年にケベック州政府の意向に反しカナダ新憲法が制定されたことや、フランス語系文化やフランス語の保護が新しいカナダ権利自由章典(Canadian Charter of Rights and Freedoms)で明記されたことで、1980年代を通して一旦「主権・連合構想」は下火になった。

1995年に、ブライアン・マルルーニー政権が1982年憲法にケベック州の批准を取り付けようとしたが2度失敗したことを受け、今回はケベックがカナダからの独立するかどうかを争う住民投票が行われたが、僅差(独立賛成51%、反対49%)で独立は否決された[2][3][4]

ケベック党は分離独立を旗印に掲げてきたが、オプション・ナショナル党(Option nationale)やケベック連帯党(Québec solidaire)など分離独立に賛成を表明している他の諸派もある。ケベック自由党は基本的に州自治を強化には反対だが、歴史的に見て必ずしもいつも反対の立場とは限らない。そのためケベックの政治では分離独立問題について、大きく分かれる。ケベック自治強化はカナダ連邦主義のイデオロギーに対立の構図になるからである。

ケベック分離独立運動については、交渉や議論等平和的手段による活動がほとんどだが、まれに過激派が暴力に訴えることもあった。1963年から1970年に爆弾・脅迫などを行なったケベック解放戦線によるテロは多くの犠牲者を出し、「オクトーバー・クライシス」と呼ばれる事件を引き起こした。現在ではケベック独立運動の主体はケベック党であり、2012年にはケベック州議会で少数与党となり、独立派であるポリーヌ・マロワ党首は州首相となったが、2014年の総選挙で敗北した。

脚注[編集]

  1. ^ [1]
  2. ^ ケベック分離独立運動
  3. ^ 独立目指すケベックの背後にフランスの影
  4. ^ ケベック独立運動