グナエウス・ドミティウス・カルウィヌス (紀元前332年の執政官)

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グナエウス・ドミティウス・カルウィヌス
Cn. Domitius Cn.f Calvinus
出生 不明
死没 不明
出身階級 プレブス
氏族 ドミティウス族
官職 執政官(紀元前332年)
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グナエウス・ドミティウス・カルウィヌスラテン語: Gnaeus Domitius Calvinus、生没年不詳)は紀元前4世紀共和政ローマの政治家。紀元前332年執政官(コンスル)を務めた。

出自[編集]

プレブスであるドミティウス氏族の出身。父のプラエノーメン(第一名、個人名)もグナエウスである。ドミティウス氏族としては最初の執政官であり、歴史に最初に登場する人物である。紀元前283年の執政官グナエウス・ドミティウス・カルウィヌス・マクシムスは息子である。

経歴[編集]

紀元前332年、カルウィヌスは執政官に就任。前年には執政官に代わって独裁官(ディクタトル)が置かれていたが、独裁官プブリウス・コルネリウス・ルフィヌスは途中辞任していたために、インテルレクス(期間5日間の最高責任者)のマルクス・ウァレリウス・コルウスが執政官選挙を実施している。同僚執政官はパトリキ(貴族)であるアウルス・コルネリウス・コッスス・アルウィナであった。この年に、イタリア南部に侵入していたエピロス王アレクサンドロス1世との間に講和条約が結ばれている。またガリア人の侵入の噂が流れた。このため元老院は、両執政官に独裁官を任命するよう命じた。結果マルクス・パピリウス・クラッススが独裁官に任命され、クラッススはプブリウス・ウァレリウス・プブリコラマギステル・エクィトゥム(騎兵長官)に指名した。しかしこれは誤報であり、戦闘には至らなかった。このため両者は辞任しカルウィヌスは執政官に復帰、任期を満了した[1]。カルウィヌスに関し、これ以外のことは不明である。

脚注[編集]

参考資料[編集]

関連項目[編集]

公職
先代:
独裁官プブリウス・コルネリウス・ルフィヌス
執政官
同僚:アウルス・コルネリウス・コッスス・アルウィナ II
紀元前332年
次代:
ガイウス・ウァレリウス・ポティトゥス III
マルクス・クラウディウス・マルケッルス