カヴァス

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カヴァス (ウェールズ語: cauall ヘルゲストの赤本ルゼルフの白本; 現代綴り:Cafall[1]; 発音:/kaˈvaɬ/; ラテン語: Cabal, 異綴り Caball (K写本[2])) は、アーサー王の犬の名。元来は、馬のことだったとも考察される。

カヴァスは、マビノギオンの一話『キルッフとオルウェン 』に登場するアーサー王の犬の名で、巨大なトゥルッフ・トゥルウィス英語版 (ラテン名トロイント; Troynt, Troit)や他の猪の狩猟犬として活躍した。
このカヴァスは、アーサー一番のお気に入りの犬で、シカ狩りのときには、他の全部の犬より後回しに、最後に解き放つのが習わしであった(『エルビンの息子ゲライントの物語英語版』)[3]

ブリトン人の歴史[編集]

ウェールズのカルン・カヴァスの岩の足跡。ゲスト夫人編訳『マビノギオン』(1849年)より

ブリトン人の歴史(原文ラテン語。9世紀?)に記される、ずいぶんと古代から伝説によれば、「兵士アルスル」(≒アーサー王)の飼犬「カバル」(≒カヴァス)は、トロイント/トロイト(≒トゥルッフ・トゥルウィス)という猪を追っていて、ある石の表面に足跡のしるしを残した。これは同史書の「奇異の部」(De Mirabilibus Britanniae または単にMirabilia)にみられるものである。(引用文はブリトン人の歴史#アーサーの犬カバル参照)。

この足跡石は、石積山(ケアン)の上にのっかっているのだが、誰かがやってきて足跡石を動かしてもあくる日には元通りの場所に必ず戻されている、というのが奇異だという。

このラテン語の記述は、アーサーのことを王ではなく一介の戦士とするなど、古い年代の記述の痕跡をとどめている。シャーロット・ゲスト編訳『マビノギオン』(Schreiber 1849, p. 358-360)の注釈は、このラテン文と英訳を掲載するほか、この足跡が残るとされる「カルン・カヴァス」(Carn Cavall)という古跡にも詳しいが、右の挿絵は、彼女が知人に頼んで現地取材しスケッチしてもらった伝・足跡石である[4]

キルッフとオルウェン[編集]

上述の単純明快な狩猟伝説と異なり、中世興隆期のウェールズ語の物語キルッフとオルウェン英語版では、多くの試練がくわわって、いりくんだ筋書きになっている。主人公キルッフは、巨人の長イスバザデン英語版の娘に求婚し、巨人の長が交換条件として提示する、いわば結納品、すなわち長々と羅列される「難業」の数々のなかに、猪狩りも含まれており、キルッフは親戚のアルスル王(アーサー王)に頼み込み、大人数を総動員させて事を成す。

狩猟犬はカヴァス以外にも、複数の名のある犬が連れられ、獲物は本命のトゥルッフ・トゥルウィス以下、その七頭の子猪(名前あり)が牙をむき、また、これらとは別に猪の長エスキスエルウィン英語版という一頭も仕留めねばならない。

猪の長エスキスエルウィン[編集]

『キルッフとオルウェン』の物語で、猪の長エスキスエルウィンは、アルスル王ひきいる一団の標的のひとつで、その生牙を、生きながらにして引っこ抜かねば、巨人の長イスバザデンのひげを剃る役には立てないと言い渡されていた。

この狩りには、アルスル王の犬カヴァスが参加し、この犬がエスキスエルウィンを倒した(少なくとも絶体絶命の場においつめた)とされている。この猪は、プリダインのカウ(ウェールズ語: Cau; 「カイ」とも発音できるが、カイ卿 Cei とまぎらわしくなる。)が、アルスルの牝馬スァムライを拝借して乗り、手斧でこの猪の頭をかち割る。物語の語り手は、巨人がこの狩りに必要であろうと予言した犬ではなく、カヴァスが役目を果たした、と注釈している。

この後、「ベドウィル(ベディヴィア卿)がアルスル御自身の犬カヴァスを引いてゆき、」[5]、他の猟犬に混じって、大猪トゥルッフ・トゥルウィスとその子猪らを狩りに行くのだが、そちらでカヴァスが果たした役割は明記されていない。

犬のリスト[編集]

『キルッフとオルウェン』に登場する、アルスル一行の狩猟犬、または目的達成のためにパーティーに加えられた犬には、以下が含まれる:

  • グウィズリドとグウィズナイ・アストルス(?)(グウィドリトとグウィディン・アストリス)(Gwyddrud & Gwyddneu Astrus)[6]。雌犬リームヒ(?)/レムヒ(Gast Rhymhi)が生んだ二匹の(狼の?)仔犬たち[7][8]
  • アネドとアイセルム(?) (Aned & Aethelm) [9][10]
  • グラス、グライシッグ、クライサド(?)(グラス、グレイシック、グレイサット)(Glas, Glessic, and Gleisad)[11] (同, Glesig, Gleisad)[12]は、クレディフ・キヴルッフの三人息子ブルフ、キヴルフ、セヴルフ(?)(Bwlch, Kyfwlch, & Sefwlch)が所有。
  • ドルトウィン(?) (Drudwyn) [13][14], the cub of Greid the son of Eri.
  • グリスミル・レデウィクの二犬(Glythmyr Ledewic~)[15]/グリスヴィル・レデウィグの二犬(~ of Glythfyr Ledewig)[16].

馬のカヴァス[編集]

前述のクレディフ・キヴルッフの三人息子の持ち物には、カス、クアス、カヴァス(?)(Call, Cuall, and Cafall)という三頭の馬も登場する。つまり、カヴァスというのは馬名でもあるのだ。(ただし、ゲスト夫人役では上述の「グラス、グライシッグ、クライサド」は三本の剣名とされていて、カス、クアス、カヴァスは、三匹の犬と解される。)

語源[編集]

イヴォル・ウィリアムズ英語版は、古ウェールズ文学における、"cafall"という語の使用について追究をした[17]

このカヴァス(Cavall)という犬名が、「馬」を意味するラテン語: caballusに近似していることは、大勢の学者や一般読者がつとに気づいている点であるが、例えば R. J. Thomas による1936年の学術文にその例があり、そこではコナル・ケルナハの犬頭の馬と関連付けている[18].

レイチェル・ブロムウィッチ教授も、carnという語には、「ケアン(石積)」と「(ひづめ)」の二重の意味があるので、カバル/カヴァスというのは、本来アルスルの犬ではなく馬をさしていた可能性が高かろう」[19]と指摘している。

関連項目[編集]

資料[編集]

  1. ^ Jones & Jones 1993, 107, 110, 199
  2. ^ Mommsen 1898, p.217 第23行の異読み脚注。この部分の編集に使われた写本は、略号CDGHKLQらの写本。
  3. ^ Schreiber 1849,p.87
  4. ^ ゲスト女史の編訳本は、ハーレー 3859 写本からとられたラテン原文のファクシミリも掲載している。
  5. ^ Schreiber 1849,p311 / a bedwyr a chauall ki arthur ynyl w ynteu. p.239
  6. ^ これらが犬名かは、明確でないが、Bromwich & Evans 1992編本Culhwch, p.100, 146n ではそうとしている。物語中で、狼の家族は、神の慈悲で人間の姿を取り戻すとされるが、それがキルッフの婚姻譚とどうかかわるのが不明である。
  7. ^ Schreiber 1849,p.266, p 301 / gast rymi p.210, gast rymhi 235
  8. ^ Jones Jones, p.88,105 "two whelps of the bitch Rhymhi"
  9. ^ Schreiber 1849,p 290, 316 / "anet ac aethlem", p.227, 246
  10. ^ Jones Jones, p.100,112
  11. ^ Schreiber 1849,p 267,p.291/ "Glas. Gleissic. Clerssac" p.211,p.227
  12. ^ Jones Jones, p.89,100
  13. ^ Schreiber 1849, p 286, 303,306 / drutywyn, p.225, 236, 237
  14. ^ Jones Jones, p.98,106,110
  15. ^ Schreiber 1849, p.306, 311 / deu gi glythmyr lewic, glythuyr ledewic, letewic, p.238,242,
  16. ^ Jones Jones, p.89,100
  17. ^ Bromwich & Evans 1992, p.153, では、Ifor Williams が、その各著書 CA=Canu Aneirin(1938年) 1203; CLlH=Canu Llywarch Hen (1935年),vii, 22a において、古詩におけるウェールズ語 cafall (<ラテン語caballus)の用例について追究したと指摘する。また、Ifor Willimams, PT=Poems of Taliesin, 38n ではcaffonの用例。
  18. ^ "..that the name Cabal is from Latin caballus 'horse', which he considers a quite natural metaphor since the dog was strong and swift, and he compares the horse of Conall Cernach which had a dog's head"; Ford, Patrick K. (1982), “On the Significance of some Arthurian Names in Welsh” (snippet), Bulletin of the Board of Celtic studies 30: 268, http://books.google.co.jp/books?id=GoNnAAAAMAAJ , summarizing from R. J. Thomas, "Cysylltiad Arthur a Gogledd Cymru", BBCS viii (1936), 124-5)
  19. ^ Bromwich & Evans 1992, p.153, "Since carn means both 'hoof' and 'cairn' it seems more probable that Cabal/Cafall originally designated Arthur horse.. rather than his hound."

参考文献[編集]

(Geraint ab Erbin (W).. p.4 (E)..p.67; Kilhwch ac Olwen (W).. p.195 (E)..p.249)