カリャワヤ

カリャワヤ(kallawaya、カヤワヤ[1]、カラワヤ[2]、カジャワヤ[3]とも)は、南米アンデス地方の山間部に暮らす民族であり、狭義には呪医である[4]。2003年、 ユネスコの無形文化遺産に「カリャワヤのアンデス的宇宙観」が登録された[4]。
ボリビアのラパス県バウティスタ・サアベドラ郡チャラサニはその故郷として知られる[5]。この地域はチチカカ湖の北東側にあたり、現在はケチュア語文化圏だが[5]、スペイン人による征服以前はプキナ語を話す集団が住んでいたと考えられ、カリャワヤは既に失われたプキナ語の文化を残していると言われている[6]。
暮らし
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鮮やかな色の布製の袋(チュスパ)を掛け、鮮やかな色のポンチョを身にまとい、リュチュと呼ばれる頭巾を被って、呪医としてボリビア各地および国境を越えて他の国々へ移動していた[4]。秘儀を伝承した男性たちが、アンデス山脈やアマゾン低地で動植物や鉱物を採取して薬用とし、旅先で人々の病気の治療を行ってきた[4]。また、土地の産物や宝石、生活物資などを売り運び[5]、1980年代の調査で素焼きの土器などを交易していたという記録がある[7]。
男性が旅に出ている間女性は村に残り[1]、薬草の採集や織物などの関連する仕事を担う[8]。独自の衣装を作る織物の技術は高いほか、農業生産性の高さはドイツの研究対象になっている[6][9]。女性から女性へは、集落内での治療の手ほどきが行われている[8]。
伝統医療
[編集]インカ帝国時代にカリャワヤは一定の地位を占めた集団であり[1]、薬草に関する知識や治療技術は、同時代の西洋医学より進んでいた[5][11]。例えば、キニーネを含有するキナの樹皮をマラリア等の熱帯病に利用することを西洋に伝えたのは彼らだとする文献もある[12]。スペイン人入植者たちは薬草等を西洋に普及する一方で、先住民たちの需要にもかかわらず、伝統医学の儀式等を取り締まった[11]。さらに近代において、医師や製薬会社のキャンペーンなどがあり、伝統医の治療は違法行為化された[11]。しかし1970年代になると、ボリビアではカリャワヤを含む伝統医療の復権を目指した活動が生まれ、1980年代には、保健医療政策の中に伝統医療を取り込むことが模索された[13]。 当時、金銭的事情や文化的な側面から病気になるとまず伝統医療を求めるボリビア人が多くいた[14][15]。2008年以降のボリビアの「多文化コミュニティ家族保健」(SAFCI)においては、生物医学と先住民族の伝統医学の両方の尊重・評価と連携が目的とされた[16]。治療を依頼する患者たちは、カリャワヤを深く信頼している[12]。
研究の対象として国際的に知られた存在であり、2003年に「カリャワヤのアンデス的宇宙観」が無形文化遺産に登録されたことにより、更なる注目を集めた[17]。これにより欧米の援助が得られたことにはメリットがあった一方、外国企業が輸出を目的として薬草の調査開発を独占しようとするバイオパイラシーなどの問題をもたらした[17]。
カリャワヤは980種類もの植物を薬草として利用し[18]、コカはその中でも最も重要な薬草である[1]。カリャワヤの伝統的な診療には、脈診のほか、コカの葉の落ち方や動物の内臓などによる占い、呪術とお守りを使った治療が含まれる[19]。
世界観
[編集]カリャワヤは、山や大地、太陽や月、湖や動植物といった全ての自然物を、人間と同じように家族や住む家を持ち名前を持った生命体であると考え、人間もその自然に包摂されていると捉えている[20]。この宇宙を統括する神として、大地の女神パチャママと、男性神である山の神アチャチラがいる[20]。人間の疾病は、身体だけではなく、それを取り巻く自然や社会といった外部の諸要素とのバランスの乱れによって現れると考えられている[20]。
カリャワヤにとって山は重要な存在で、山それぞれに固有の山の精霊ルガールニオ(Lugarnio)がいる[21][22]。山や木は生きるために食べる必要があり、人間は「メサ」[23]と呼ばれる供物などを捧げる[21][22]。カリャワヤの世界観では、山を高地・中腹・低地の3つの部位に分けて考え、人間の身体と繋がっていると考える[22]。
参考文献
[編集]- 木村秀雄「愚直なエスノグラフィー : 著作権・無形文化遺産・ボランティア」『文化人類学』第72巻第3号、日本文化人類学会、2007年、383-401頁。
- 加藤隆浩 著「第52章 カリャワヤのアンデス的宇宙観―人類の口承・無形遺産の傑作」、真鍋周三 編『ボリビアを知るための73章』(第2版)明石書店、2013年、290-293頁。ISBN 9784750337630。
- 実松克義『アンデス・シャーマンとの対話 : 宗教人類学者が見たアンデスの宇宙観』現代書館、2005年、103-119頁。ISBN 4768468942。
- 樫原稔「ボリビアにおける伝統医療の形成」『神奈川大学大学院言語と文化論集』第27号、神奈川大学大学院、2021年2月、1-86頁。
関連文献
[編集]- K.デイヴィッド・ハリソン 著、川島満重子 訳『亡びゆく言語を話す最後の人々』原書房、2013年、87-92頁。ISBN 9784562049073。
- ウォルター・マンシーヤ「地球ギャラリーvol.69 ボリビア 山岳地の治療師」『ムンディ』第9号、独立行政法人国際協力機構、2014年6月、30-35頁。NDLJP:10951433
脚注
[編集]- 1 2 3 4 「カヤワヤ族」『世界民族大百科 7』日本メール・オーダー、1979年、1490-1492頁。NDLJP:12147824/80
- ↑ 外務省「第2回ユネスコ「人類の口承及び無形遺産に関する傑作の宣言」一覧」( 2024年10月6日アーカイブ) - 国立国会図書館Web Archiving Project
- ↑ 樫原 2021, p. 4
- 1 2 3 4 加藤 2013, pp. 290–291
- 1 2 3 4 5 樫原 2021, pp. 52–54
- 1 2 木村 2007, p. 392-393
- ↑ 細川弘明「アンデス東斜面溪谷部,ケチュア農民の生業と交易活動」『国立民族学博物館研究報告』第10巻第2号、国立民族学博物館、1985年10月22日、353-355頁。
- 1 2 樫原 2021, p. 60
- ↑ 木村秀雄 著「第47章 高地の人類学―カリャワヤ、ノルテ・デ・ポトシ、ティティカカ湖周辺」、真鍋周三 編『ボリビアを知るための73章』(第2版)明石書店、2013年、270-273頁。ISBN 9784750337630。
- ↑ 蝦名大助「南米アンデス先住民語の文法書」『アジア・アフリカ言語文化研究 別冊』第2号、アジア・アフリカ言語文化研究所、2022年3月、257頁。
- 1 2 3 樫原 2021, pp. 55–56
- 1 2 加藤 2013, p. 293
- ↑ 樫原 2021, pp. 65–68
- ↑ 関野吉晴『南米大陸』朝日新聞社、1991年、114-115頁。ISBN 4022563087。NDLJP:13286931/60
- ↑ バートランド・シュナイダー 著、田草川弘 訳『裸足の革命 : 自立をめざす第三世界の農民たち』サイマル出版会、1987年、195-196頁。ISBN 4377307584。NDLJP:13068341/114
- ↑ カルラ・アスカルンス・メンディビル 著、梅崎かほり 訳「第16章 保健医療」『ボリビアを知るための65章』(第3版)明石書店、2025年、98-102頁。ISBN 9784750358734。
- 1 2 樫原 2021, pp. 68–72
- ↑ “Andean cosmovision of the Kallawaya”. UNESCO. 2026年6月29日閲覧。
- ↑ 樫原 2021, pp. 56–60
- 1 2 3 加藤 2013, pp. 291–292
- 1 2 実松 2005, pp. 107–108
- 1 2 3 樫原 2021, pp. 60–62
- ↑ “「聖なる自然:アンデスの宗教と文化」 実松克義先生(南米宗教編)”. 宗教情報センター. 2026年6月29日閲覧。
外部リンク
[編集]- The Andean Cosmovision of the Kallawaya - YouTube (ユネスコの動画)