オイローパ (客船・初代)

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SS Liberte.jpg
船歴(写真はリベルテ時代のもの)
船籍 ドイツ海軍旗ドイツ(1930年~1945年)
フランス国旗フランス(1950年~1961年)
所有 北ドイツ・ロイド社(オイローパ)
CGT社(リベルテ)
進水 1928年8月1日
竣工 1930年2月22日
就航 1930年3月19日
その後 1961年に引退
1962年に解体
性能諸元
総トン数 49,746トン
全長 936.7フィート(283.5m)
全幅 101.7フィート(31m)
機関 スクリュー4軸
蒸気タービン4基
出力105,000shp
速力 27.5ノット
乗客定員 2,193名
1等客 860名
2等客 500名
観光客用
特別クラス
305名
3等客 617名
乗務員 965名

オイローパSS Europa、後のSS Liberté)は、、1930年に建造されたオーシャン・ライナーで、所有は北ドイツ・ロイド社(略称NDL)。姉妹船にブレーメンが存在する。両船は類似していたが、全く同じではなかった(ブレーメンの方が全長が長い等。)。

歴史[編集]

NDLは1924年に就航したコルンブス[1]の好調から、ニューヨーク便の定期運航へ二隻を追加する事を計画した。のちにオイローパと姉妹船ブレーメンとなったこの計画は、ブルーリボン賞獲得するために搭載力機関を大型化、船体を拡張し、当初計画の3万5千総トンから約5万総トンへ大きく設計が変更された。巡航速度27.5ノット、大西洋を5日で横断できる仕様に高速化され、通常3隻を交代させる大西洋横断を2隻で1週間ごとに運航できるよう計画された。 しかし当初計画からの大型化に際して強度設計の見直しは行われず、両船共、強度上脆弱さが残され、高速航行で発生する船体振動など問題が生じた。

二隻はほぼ同時期に着工・完成し、オイローパが初便に就航する予定だったが、艤装中に火災によって沈没し、引き上げと復旧修理に時間を要したため、その完成と就航はブレーメンより数ヶ月遅れた。

第二次世界大戦中、二隻はドイツによって抑留されていた。アシカ作戦に向けて輸送船として改造する案が提出され、その後、航空母艦に改造する案も出た。このような議論が進行していた中、戦時の物資不足から艤装品が次々取り外されていた。1945年のドイツ敗戦後、オイローパは連合国に捕獲され、輸送船として利用することが検討された。しかし数年間の放置と運行に必要な機器類が失われている問題(電気配線の転用や建造時の技術限界による船体強度不足など)が判明し、結局起用はされなかった。

客船パリ(左上)の残骸付近で沈没するオイローパ(中央)









戦後オイローパはフランスに引き渡され、ノルマンディーの代わりとなる客船として整備を受けた。1946年には嵐によって流され、1939年に沈没し放置された客船パリ付近で沈没したが、引き上げられて修理を受け、リベルテ(Liberté)という船名を与えられ1950年に改名後イル・ド・フランスとともにニューヨークル・アーヴル航路に就航した。1961年フランスの就航により役割を終え、1962年にスクラップとなった。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]


記録
先代:
ブレーメン
ブルーリボン賞 (船舶)(西回り航路)保持船舶
1930年~1933年
次代:
レックス
  1. ^ 1913年竣工、第一次世界大戦で未成。後にイギリスへ賠償船として引き渡されたホワイト・スター・ラインのホメリックen)の姉妹船。船名は賠償船にされた姉妹船を引き継いだ。