ウィリアム・スターリング・コウル

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ウィリアム・スターリング・コウル

ウィリアム・スターリング・コウル(William Sterling Cole, 1904年4月18日 - 1987年3月15日)は、アメリカ合衆国政治家共和党に所属し、1935年から1957年まで連邦下院議員(ニューヨーク州選出)、1957年から1961年まで国際原子力機関事務局長を務めた。

生涯[編集]

ニューヨーク州ペインテドポスト英語版にて誕生[1]。1925年にコルゲート大学文学士号を取得[1]。1925年から1926年にかけてニューヨーク州コーニング英語版の公立学校コーニング・フリー・アカデミー英語版で教員[1]。1929年にオールバニ法科大学院英語版法学士号を取得[1]ニューヨーク州弁護士の資格を取得[1]

1929年から1930年にかけて、ニューヨーク州オールバニの投資会社に勤務[1]。1930年にニューヨーク州バス英語版で弁護士業を開業[1]。1932年に共和党から連邦下院議員に立候補するが落選[1]

1934年に連邦下院議員に立候補し当選[1]、1935年1月3日より着任[1]。初当選時の年齢31歳は、当時の共和党下院議員の中で最年少であった[2]。下院では海軍委員会と軍事委員会に所属[2]。また原子力エネルギー問題に関する共和党の有力な弁士として活動[2]。1953年から1954年にかけて上下両院合同原子力委員会の委員長を務めた[2]。平和目的での原子力開発について民間の参加を支持した[2]

1957年12月1日に連邦下院議員を辞任し、国際原子力機関初代事務局長に就任[1]。1961年に退任[1]。1987年にワシントンD.C.で死去[1]

出典[編集]

外部リンク[編集]

公職
先代:
-
国際原子力機関事務局長
1957年12月1日 - 1961年11月30日
次代:
シグヴァルド・アルネ・エクルンド