アート・アンド・ランゲージ

アート・アンド・ランゲージ(英語: Art & Language)は、イギリスのコンセプチュアル・アーティストたちのグループ。
解説
[編集]1966年頃から共同制作を行っていたテリー・アトキンソン、デイヴィッド・ペインブリッジ、マイケル・ボールドウィン、ハロルド・ハレルによって、1968年にイギリス・コヴェントリーで結成された。1969年には理論誌『Art-Language』を創刊し、コンセプチュアル・アートの理論的展開を主導した。1970年にはアメリカのコンセプチュアル・アーティスト、ジョセフ・コスースが参加し、同誌のアメリカ編集を担当した。この時期には他にも多くの作家や理論家が関与し、グループは国際的な広がりを持つようになった。
1970年代後半には内部対立や方向性の差異が顕在化し、参加メンバーの離脱が相次いだ。マイケル・ボールドウィンは他のメンバーとともに活動を継続し、Art & Languageの継承を主張したが、テリー・アトキンソンやジョセフ・コスースらはこれに異議を唱えた。1990年代には名称をめぐる論争も生じ、分派的な活動が行われた。
理論的立場と制度批判
[編集]Art & Languageは、コンセプチュアル・アートの潮流の中で、理論化の過程そのものを芸術実践として位置づけた点に特徴がある。1969年創刊の『Art-Language』は、概念美術を理論的に定式化する場として機能し、作品の物質的形態よりも言語や定義、制度的枠組みを重視した。
この姿勢は、コンセプチュアル・アートにおいて「アイデアが芸術を生み出す」と述べたソル・ルウィットの立場とも並行するが、Art & Languageはそれをさらに推し進め、芸術を言説的実践として徹底化したとされる。[1]
また、美術史家のベンジャミン H. D. ブクローは、Art & Languageの活動を、コンセプチュアル・アートにおける自己批評的・制度批判的転回の重要な事例として位置づけている。[2]
評価と影響
[編集]Art & Languageの理論的実践は、コンセプチュアル・アートにおける自己批評的展開の代表例として位置づけられてきた。ブクローは、コンセプチュアル・アートを “a self-reflexive practice” (自己反省的実践)と呼び、近代美術の制度的枠組みに対する “critique of institutions” (制度批判)として位置づけているが、その文脈の中でArt & Languageの活動を重要な転回点の一つとして評価している。
また、同グループが展開した対話形式のテクスト作品や、1972年の「ドクメンタ5」(芸術監督:ハラルド・ゼーマン)への参加は、芸術作品を制度的文脈の中で問い直す試みとして言及されることが多い。こうした実践は、後の制度批判的動向や、言語を主軸とする芸術実践に理論的影響を与えたとされる。