アレクサンドロス1世 (アレクサンドリア主教)

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アレクサンドリア主教アレクサンドロス
主教司教)・成聖者[1]
他言語表記 : Αλέξανδρος Α΄
: Alexander of Alexandria
生誕 250年頃?[2]
アレクサンドリア[2]
死没 326年4月17日[2]
アレクサンドリア[2]
崇敬する教派 正教会[2]
非カルケドン派[2]
カトリック教会[3]
記念日 正教会:5月29日ユリウス暦を使用する正教会では6月11日に相当[2][4]
カトリック教会:4月17日[3]

アレクサンドロス1世Αλέξανδρος Α΄[5], 生年不詳 - 326年永眠)は、第13代[2]アレクサンドリア主教[注釈 1](在位:313年 - 326年[2][3][4])。

彼の前半生についてはよく判って居ない(生年すら憶測の域を出ない)[2]

アリウス派への論駁に活躍。第1ニカイア公会議(第一全地公会)では、後にニカイア派と呼ばれる、アリウス派を弾劾した側の主要メンバーであった[2][3]。この公会時に、彼が教育して輔祭助祭執事)としていた大アタナシオスを秘書として同行させ、大アタナシオスが活躍するきっかけを作った[6]

教会史家であるテオドレトスソゾメノスギリシャ語版コンスタンティノープルのソクラテスはアレクサンドロス1世について、傑出した神学者であり偉大なる牧者であったと記している[1]

326年に安らかに永眠した[1]

注釈[編集]

  1. ^ 当時はまだ総主教(パトリアルケース、パトリアルヒス、パトリアルフ)という称号は無かったが、歴代アレクサンドリア総主教には数えられる。

参照元[編集]

先代:
アキラス
アレクサンドリア主教
313年 - 326年
次代:
アタナシオス