あの町この町
| 「あの町この町」 | |||||||
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| リリース | 1924年(大正13年)1月[1][2][3] | ||||||
| 規格 | 雑誌(『コドモノクニ』)[1][2][3] | ||||||
| 録音 | 1924年(大正13年)村山久子(ニッポノホン15038)[4]ほか | ||||||
| ジャンル | 童謡 | ||||||
| 作詞・作曲 | 野口雨情・中山晋平[1][2][3] | ||||||
| カバー | |||||||
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クラウン少女合唱団、矢野顕子、由紀さおり・安田祥子ほか多数[注 1] | |||||||
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歴史
[編集]野口雨情作詞、中山晋平作曲による。初出は東京社(現ハースト婦人画報社)が出版した児童雑誌『コドモノクニ』1924年(大正13年)1月号で[1][2] 、歌詞と曲譜が同時に発表された[3]。この頃は雨情にとって全盛期であり、代表作の1つである[6]。
作曲者の中山晋平は、この歌を口ずさみながら逝去したと伝えられている[7]。
作詞の野口雨情が1945年没、作曲の中山晋平が1952年没なので著作権の保護期間が満了し、歌詞も楽曲もパブリックドメインとなっている[注 1]。
楽曲
[編集]発表誌『コドモノクニ』1924年(大正13年)1月号では、テンポは
=80とされたが、1925年(大正14年)4月に金の星社から発行された『金の星童譜曲集第九輯』以降、
=88に変更された[2][3]。
ニ短調の民謡風の旋律であるが西洋音階を取り入れた新しい型の楽曲である。
4分の2拍子で、主な旋律は8分音符4つで構成されているが、わらべ歌のようなリズム(ピョンコ節)で歌われることが多い。中山晋平は「日本の子供と、此のリズムとは、切っても切れない密接な関係」だと主張し、幾つかの楽曲は発表後に拍子を変更したり指定を追加するなどの修正を加えた[8]。本楽曲もその1つであり、1953年(昭和28年)出版の『中山晋平童謠名曲集』(全音楽譜出版社)に「はずみをつけて」という指定が追加された[3]。
![\relative c' {
\set Staff.midiInstrument = #"piano"
\key d \minor
\time 2/4
\tempo "はずみをつけて" 4 = 88
\new Voice { \autoBeamOff
d8 d8 d8 c8 d8 f8 g8 f8 g8 a8 c8 e8 d4. r8 \bar "|" \break
a8 c8 d8 e8 d4. r8 e8 d8 c8 a8 g8 g8 c8 a8 \bar "|" \break
g8 g8 a8 g16 [f16] d4. f8 g8 g8 a8 g16 [f16] d4. r8 \bar "|." \break
}
\addlyrics { あ の ま ち こ の ま ち ひ が く れ る ひ が く れ る い ま き た こ の み ち か へ りゃ んー せ ー か へ りゃ んー せ}
}](http://upload.wikimedia.org/score/l/b/lbjy1o3cj2nfg6m1mlgkxw5l3rexgiu/lbjy1o3c.png)
歌詞
[編集]夕暮れが迫るのも気にせずに遊んでいる子供たちに早く帰るよう呼び掛ける歌である[9]。曲の題名であり、歌い出しでもある「あの町この町」は特定の町を想定したものではなく、田舎町の夕暮れと豊かな自然を歌ったものである[6]。
歌碑
[編集]栃木県宇都宮市の野口雨情旧居の近くに、当楽曲の碑がある[10]。野口の妻・つるが当地を離れる際に、思い出の証として記念となるものを残したいと、歌人の蓬田露村に相談したことがきっかけで建立されたもの[11]で、つるの希望によりこの楽曲が刻まれた[12]。
録音・利用
[編集]- 日本コロムビアの前身である日本蓄音機商会から1924年(大正13年)8月に村山久子の歌唱でレコードが発売された(ニッポノホン15038)[4]。
- ビクターから平井英子の歌唱で、1928年(昭和3年)12月、1935年(昭和10年)2月にレコードが発売された(ビクター50503[13]、ビクターJ-30001[14])。
- 国立国会図書館デジタルコレクション歴史的音源には、2026年5月現在、上記以外に本多信子(ビクター53013[15])、平山美代子(ビクターA-102[16])、杉田和子、中村浩子、椎橋睦子(ビクターB-112[17]、ビクターV-40090[18])、古賀さと子(ビクターB-410[19])の歌唱による音源が登録されている。
- 日本音楽著作権協会(JASRAC)のデータベースには、2026年5月現在、クラウン少女合唱団、矢野顕子、由紀さおり・安田章子、白鳥英美子ら42の個人および団体がアーティスト登録されている[注 1]。
- 落語家では春風亭柳太郎が出囃子として使用している[20]。
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脚注
[編集]注釈
[編集]出典
[編集]- 1 2 3 4 寺内 1988, pp. 45–46.
- 1 2 3 4 5 長田 2007, pp. 18–19.
- 1 2 3 4 5 6 池田 2008.
- 1 2 “童謡:あの町この町”. 国立国会図書館デジタルコレクション 歴史的音源. ニッポノホン. 2026年5月2日閲覧。
- ↑ “検索画面”. J-WID. 日本音楽著作権協会. 2026年4月29日閲覧。
- 1 2 寺内 1988, p. 46.
- ↑ 小島 2016, p. 7.
- ↑ 中山 編著 1980, p. 後記.
- ↑ 寺内 1988, pp. 46–47.
- ↑ 寺内 1988, p. 45.
- ↑ 塙 2008, pp. 201–202.
- ↑ 小島 2016, p. 6.
- ↑ “あの町この町”. 国立国会図書館デジタルコレクション 歴史的音源. ビクター. 2026年5月2日閲覧。
- ↑ “あの町この町”. 国立国会図書館デジタルコレクション 歴史的音源. ビクター. 2026年5月2日閲覧。
- ↑ “雀おどり/あの町この町/蛙の夜廻り”. 国立国会図書館デジタルコレクション 歴史的音源. ビクター. 2026年5月2日閲覧。
- ↑ “あの町この町”. 国立国会図書館デジタルコレクション 歴史的音源. ビクター. 2026年5月2日閲覧。
- ↑ “あの町 この町”. 国立国会図書館デジタルコレクション 歴史的音源. ビクター. 2026年5月2日閲覧。
- ↑ “あの町この町”. 国立国会図書館デジタルコレクション 歴史的音源. ビクター. 2026年5月2日閲覧。
- ↑ “あの町この町”. 国立国会図書館デジタルコレクション 歴史的音源. ビクター. 2026年5月2日閲覧。
- ↑ “春風亭柳太郎”. 協会員プロフィール. 落語芸術協会. 2026年4月30日閲覧。
参考文献
[編集]- 小島延介『詩人・野口雨情 ここにて眠る』宇都宮市明保地区明るいまちづくり協議会、2016年1月、14頁。
- 寺内恒夫『文学碑の旅―栃木県―上巻』落合書店、1988年12月25日、243頁。ISBN 4-87129-148-0。
- 塙静夫『うつのみや歴史探訪 史跡案内九十九景』随想舎、2008年9月27日、287頁。ISBN 978-4-88748-179-4。
- 長田暁ニ『心にのこる日本の歌101選』株式会社ヤマハミュージックメディア、2007年4月20日、223頁。ISBN 9784636819809。
- “池田小百合 なっとく童謡・唱歌 中山晋平作曲の童謡1 あの町この町” (2008年8月15日). 2026年4月29日閲覧。
- 中山卯郎 編『中山晋平作曲目録・年譜』豆ノ樹社、1980年2月29日、403頁。