鶴羽伸子
鶴羽 伸子(つるわ のぶこ、女性、1932年1月7日 - 2002年12月8日)は、日本の翻訳家・文芸評論家。本姓は斎藤(さいとう)。
来歴・人物
石川県金沢市生まれ。石川県立金沢第二高等女学校在学中の1945年5月に、東京から疎開転校してきた曽野綾子と出会う。1954年金沢大学法文学部卒業(71-72P参照)。大学の同級生に、後に金沢女子短期大学教授となる森井道男がいる。1957年から1967年まで、金沢アメリカ文化センター図書主任を務める。
曽野綾子の評伝を表し、曽野や夫の三浦朱門とともに翻訳を手がけるが、1981年には曽野に対し「もう付き合わない」と通告し絶縁状態となった。晩年には癌に冒され、聖路加国際病院の緩和ケアー病棟に入院した1999年に、曽野と連絡を取り復縁する(11月4日の項参照)。
1996年には金沢市文化活動賞受賞[1]。この頃は金沢ボランティア大学校校長等を務めている(5P参照)。
著作
- 1979年『神の木偶 曽野綾子の魂の世界』 (主婦の友社)
翻訳
- 1971年『とがりねずみの谷』(講談社<アイリーン・フィッシャー著、三浦朱門との共訳>
- 1973年『中国農村からの報告 』(中央公論社<ヤン・ミュルダル著、三浦朱門との共訳>
- 1974年『悪妻・悪夫を手なずける法』<スティーブン・ベーカー著>(双葉社)
- 1975年『未亡人』(文藝春秋社<リン・ケイン著、曽野綾子との共訳>
- 1977年『スポック博士の家庭教育』(紀伊國屋書店)<ベンジャミン・スポック著、曽野綾子との共訳>