高讃寺

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高讃寺
所在地 愛知県常滑市西阿野字阿野峪71-1
位置 北緯34度52分19.6秒 東経136度51分47.4秒 / 北緯34.872111度 東経136.863167度 / 34.872111; 136.863167座標: 北緯34度52分19.6秒 東経136度51分47.4秒 / 北緯34.872111度 東経136.863167度 / 34.872111; 136.863167
山号 御嶽山
宗派 天台宗
本尊 聖観世音菩薩
創建年 684年
開山 天武天皇
開基 行基
札所等 知多西国三十三所霊場:第12番
知多四国霊場:第61番
法人番号 2180005012343 ウィキデータを編集
高讃寺の位置(愛知県内)
高讃寺
高讃寺
高讃寺 (愛知県)
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仁王像

高讃寺(こうさんじ)は、愛知県常滑市にある天台宗の寺院。山号は御嶽山。知多西国三十三所霊場第12番・知多四国霊場第61番札所。

由緒

白鳳12年(684年)、行基により天武天皇勅願寺として創建されたと伝わる[1][2]。かつて七堂伽藍300坊を有する巨刹であり、岩屋寺観福寺とともに知多三山の一つに数えられた[1]天文6年(1537年)、織田信秀今川義元の兵火により、堂宇の大半が失われた[2]。その後も文禄年間や明治時代にも兵火や失火があり、現在は南の坊一院を残すのみになっている[1][2]。仁王門の仁王像は、天文6年(1537年)の兵火から逃れるため近くの池に入れられたもので、江戸時代になってから引き上げられている[2]

文化財

愛知県指定文化財
  • 木造聖観世音菩薩立像 - 平安時代
  • 木造阿弥陀如来立像 - 平安時代
  • 木造仁王像(2体) - 鎌倉時代

 

所在地

  • 愛知県常滑市西阿野字阿野峪71-1

脚注

  1. ^ a b c 『知多四国巡礼』(歴遊舎)
  2. ^ a b c d 現地案内板より

外部リンク