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星玲子

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ほし れいこ
星 玲子
星 玲子
1935年頃
本名 多田 琴子
別名義 星 令子
生年月日 (1915-01-02) 1915年1月2日
没年月日 (2003-10-24) 2003年10月24日(88歳没)
出生地 日本の旗 日本 東京府東京市下谷区
職業 女優歌手
ジャンル 映画
活動期間 1932年 - 1939年
活動内容 宝塚歌劇
1932年 日活入社
1939年 引退
配偶者 マキノ光雄 1938年 - 1957年
著名な家族 マキノ公哉 長男
マキノ家
主な作品
映画
女の階級
うちの女房にゃ髭がある
丹下左膳
楽曲
二人は若い
ゆかりの唄
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星 玲子(ほし れいこ、1915年1月2日 - 2003年10月24日[1])は昭和期の女優歌手。本名:多田 琴子(ただ ことこ)[1]

戦後東映で活躍した女優の星美智子は姪にあたる。

経歴

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1915年(大正4年)1月2日東京市に生まれる。

宝塚歌劇のダンサーを経て、1932年(昭和7年)、17歳のときに日活に入社し、『大地に立つ』で映画デビュー。1935年(昭和10年)、杉狂児と映画『のぞかれた花嫁』で共演。同年、歌手としてもディック・ミネとの『二人は若い』、『ゆかりの唄』がヒット。同年、20歳で映画プロデューサーマキノ光雄と結婚した。

女の階級』、『うちの女房にゃ髭がある』、『丹下左膳』など、戦前の日活現代劇に多数出演[1]1939年(昭和14年)、24歳で芸能界を引退した。

第二次世界大戦中は夫とともに満州へ渡り、戦後は東映の専務を務めた夫を支えた。1957年(昭和32年)12月9日、42歳のときに夫と死別した。

2003年(平成15年)10月24日、肺炎により死去した[1]。満88歳没。

フィルモグラフィ

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『わたしがお嫁に行ったなら』(1935年)。左から水久保澄子黒田記代逢初夢子山路ふみ子星玲子

出典

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  1. ^ a b c d 星玲子さん死去/元女優”. 四国新聞社. 2023年6月21日閲覧。

関連項目

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外部リンク

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