小言幸兵衛

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小言幸兵衛(こごとこうべえ)は古典落語の演目の一つ。

原話は、正徳2年(1712年)に出版された笑話本・「新話笑眉」の一遍である『こまったあいさつ』。元々は、『借家借り』という上方落語の演目。

主な演者に6代目三遊亭圓生9代目桂文治10代目柳家小三治などがある。

あらすじ

麻布は古川の家主で幸兵衛さん。のべつまくなしに長屋を回って小言を言っているので、あだ名は「小言幸兵衛」。

細かいことにうるさい家主で、訪れた店子希望者にまで何かと説教を垂れて追い返してしまうという本末転倒ぶり。おかげで空き店から貸家札の剥がれたためしがない。

その日も、豆腐屋だという男が店を借りに来た。

「子供ですか? 餓鬼なんてものは汚いから、おかげさまでそんなのは一匹もいません」

豆腐屋の返答に幸兵衛「何ぃ? いま何と言った」と眉をひそめる。

「子は『子宝』というぐらいだ、そんな事を自慢する奴に店は貸せん」

「でも、普通は子供がいると貸してくれませんが……」

「そんな大家と一緒にするな! 女房が子供嫌いなら、オレがもっといいのを世話してやる! すっぱり別れて独り身になって引っ越してこい」

豆腐屋、カンカンに怒り、毒づいて帰ってしまった。当たり前である。

仕立屋

次に来たのは仕立屋。物腰も低く、身持ちも堅そうで申し分ないと見えたが、二十歳になるせがれがいるという話で、にわかに雲行きが怪しくなった。

「ほほう、どんな面構えだね」

「へぇ……お恥ずかしながら、町内の人には『鳶が鷹を生んだ』と言われております」

「おや、そうかね。で、倅さんの名前は?」

六三郎[1]と申します」

「六三郎!? ……まずいなぁ。『おその六三』とか『かしく六三』とか、女と心中しそうな名前だ」

「……そうですか?」

「ソウデスカじゃないよ。いいかい、おまえさんが入りたいって空き店のドまん前が古着屋だ。そこの一人娘がお園という名前。今年十九で、麻布小町と評判の器量良しだ。 年回りもいいし、なにより仕立て屋と古着屋は相性がいい」

「左様でございますか。で、お店は……」

「貸せないよ」

幸兵衛、あ然とする仕立屋を前に凄まじい予想を展開させる。

家主芝居

「おまえのせがれは図々しい野郎だからすぐお園に目をつけて、古着屋夫婦の留守に上がり込んで、いつしかいい仲になる。女は受け身だ、たちまち腹がポンポコリンのボテレンになる。涙ながらに白状するが、あそこの両親は出来た人だ。きっと『二人を夫婦にしよう』という事になるが、あそこは一人娘だから娘は嫁に出せん。お前の息子を婿にやれ」

「困ります。ウチも一人息子でして」

「いかん、駄目じゃないか。親の板挟みにあって、『極楽の蓮の台で添いましょう』なんていう事になるぞ」

ここで幸兵衛、突然身を乗り出し芝居がかりになった――

「『おその六三』と言やぁ、舞台は深川洲崎の堤、だな。幕が開くと、向こうは一面の土手。幕開きは、長屋の連中が「迷子やーい」なんていう呼び声だ。最初に大家が出てきて、後から長屋の衆がゾロゾロ……舞台中央に来ると、大家が何か拾うんだ。『浄瑠璃名題 東西東西』、いわゆる『拾い口上』という奴だ」

やけに詳しい。幸兵衛、実は芝居好きと見える。

「長屋の連中が遠ざかると、どんでん返しで堤防がひっくり返って、あっという間に橋の袂になる。『付け打ち』という奴で、パタパタと足音を表現する。最初に出てくるのは古着屋のおその」

あとから出てくるのが仕立て屋の倅。本舞台は七三で、にやけた白塗りで声を張り上げる。

『七つの鐘を六つ聞いて、残る一つは来世の土産。覚悟はよいか』

『うれしゅうござんす』

『南無阿弥陀仏』

と、近松曽根崎心中もどきに一人芝居を演じていたところでいきなり「おい、おまえの宗旨は?」と幸兵衛。あっけにとられつつ「法華です」と答える仕立て屋[2]

「何ッ!? 題目は駄目だ題目は! サマにならん! 南無阿弥陀仏だからこそ、心中の道行きになるんじゃないか。貴様、すぐに宗旨を変えろ!」

無茶苦茶の極致に、仕立屋、もはや言葉を失う。

「とにかくお前が越してくるとこんな騒動になるから店は貸せない。とっとと帰っとくれっ!」

サゲ

さんざんな目に遭って往生した仕立て屋が去ると、入れ替わって飛び込んできたのは、えらく威勢のいい男。

「やい、家主の幸兵衛ってのはてめえか。あのうすぎたねえ家を借りるからそう思え。店賃なんぞ高えことォ抜かしゃがると……」

幸兵衛も「いや、乱暴な人だな」とけげんな顔。

「おまえさんの商売は?」

「鉄砲鍛冶だ」

「なるほど、道理でポンポン言い通しだ」

バリエーション

この噺の別題は『搗屋(つきや)幸兵衛』といい、本来は豆腐屋の前に、搗米(つきごめ)屋が長屋を借りにきて説教される件が入っていた。

ただし、現在ではこの前半は別話として切り離して演じられるのが普通である。

内容

「仏壇の先妻の位牌が毎日後ろ向きになっているので、後妻が、亡霊に祟られているのではないかと気にして病気になり、死んでしまったんだ」

あとでその原因が、搗米屋が夜明けにドンドンと米をつくためだと判明。精白されていない米を、力を込めて杵で搗きつぶすので、その振動で位牌が裏向きになったというわけ。

「同業のてめえも仇の片割れだ。覚悟しゃあがれ!」

幸兵衛に因果話で脅かされて、搗米屋はほうほうの体で逃げ出した。

江戸の家主

家主の立場は、普通は地主に雇われた「管理人」に過ぎないのであるが、実際には町役を兼ねていたので、住人生活の取り扱いについて絶大な権限を持っていた。

一方で家主は、万一の場合、店子との連帯責任を負わされることが決まりとなっていた。そのため、店子の選択に注意を払うのは当然のことであった(……幸兵衛の猜疑心はもはや常軌を逸しているが)。

また、トラブルを避けるために町内の職業分布にも気を配る必要があり、ストレスがたまるのも無理からぬ事ではあったようである。

派生

星新一のショートショートに「いいわけ幸兵衛」という作品がある(『マイ国家』収録)。自分の遅刻や仕事上のミスに対する言い訳が上手すぎる男がおり、上司も説教をするつもりがいつの間にか彼に言いくるめられてしまう。いつしか男は「重大事でも動じない立派な人物」として社長の座に就いてしまうが、言い訳する相手がいないので逆に困ってしまう。そこへ債権者達が現れて……という話。

本編には、その言い訳っぷりを見た同僚が「あいつは“小言幸兵衛”の子孫じゃないかな」という台詞も登場しており、アイデア元として本作があるのは明らかである。

ニッポン放送アナウンサー吉田尚記が、十三代目冷奴の名前で現代風にアレンジした「Twitter幸兵衛」なる噺がある。

脚注

  1. ^ 時間の都合で、息子の名前を『鷲塚与太左右衛門(わしづか よたざえもん)』にして切る演者が多い。
  2. ^ 落語立川流では、仕立て屋の宗旨を「天理教」とする場合がある。