大祭司
大祭司(だいさいし) (ヘブライ語:כהן גדול )はユダヤ教の祭司階級の首長である。
祭司階級は、大祭司、祭司、レビ人の3階級に分かれて、すべてがレビ族の子孫である。大祭司は、アロンの子エルアザル(エレアザル)の家系の者で、その最年長者が世襲で継承した。
職務
大祭司は特別な装束を身にまとい、祭司としてのきよさをあらわしていた。ヤハウェ神の意思を民と指導者に告げ、年1回贖い日に至聖所に入り、神の前に民を代表して、いけにえのやぎの血を贖いのふたにかけ、全イスラエルの罪の贖いをした。
旧約聖書時代
アロンの死後、アロンの子エルアザル、そしてその子ピネハスに継承された。
しかし、シロの祭司エリはアロンの子イタマルの子孫であった。以降、イタマルの末裔エリの系譜が大祭司職を次いだ、後に、エリの子孫アビヤタル(エブヤタル)の陰謀が発覚して、ソロモンによってアビヤタルは罷免された。アビヤタルはソロモンの兄弟アドニヤを王に推していたためである。こうして、大祭司職はエルアザルの家系に戻り、ツァドクが継承した。紀元前175年に、セレウコス朝のアンティオコス4世エピファネスが大祭司オニアス3世を追放するまでツァドクの家系が大祭司職を継いだ。
その後は、政治権力の支持者に大祭司職が利用された。マカバイ戦争で独立を回復すると、ヨナタン以降、ハスモン朝の指導者は大祭司を兼ねた。紀元前104年に即位したアリストブロス1世から紀元前37年に殺害されたアンティゴノスの時代まで、大祭司は王が兼任した。
新約聖書時代
新約聖書時代の大祭司は、神殿祭儀の奉仕者としての職務の継承と同時に、サンヘドリンの議長にもなった。 紀元1世紀は、サンヘドリンがローマ帝国の総督と交渉する代表機関であった。故に、政治的権力と宗教的権力が大祭司に集中した。
新約聖書時代には、世襲制ではなくなり、ヘロデ大王が大祭司の任免権を行使していた。ヘロデ朝のもとでは、王とローマ支配下の総督による任命が行われた。イエス・キリストの裁判の際は、当時の大祭司カヤパと前大祭司アンナスが権力を行使して、キリストを有罪にし、ローマ帝国(ポンティオ・ピラト)に引き渡した。
70年、ユダヤ戦争によるエルサレム神殿の破壊により大祭司の地位は消滅した。
真の大祭司
ヘブル人への手紙の中では、イエス・キリストが旧約の大祭司の完成者であり、真の大祭司であるとされている。
歴代大祭司
出エジプト時代
- アロン・・・モーセの兄。ヤハウェより初代大祭司に任命される。
- エルアザル・・・エレアザルとも。アロンの子。
- ピネハス・・・エルアザルの子。モアブ人とイスラエル人の淫行に反対したことが旧約聖書中に記されている。
イスラエル王国時代
- エリ・・・イタマルの子孫。サムエルの時代に大祭司を務める。
- アヒメレク・・・ダビデを助けたために、サウル王に殺害される。
- アビヤタル・・・アヒメレクの子。ダビデ王を支持するが、その子ソロモン王の即位を支持せず、追放される。
- ツァドク・・・ザドクとも。ソロモンに任命される。
- エホヤダ・・・女王アタルヤを処刑し、ヨアシュ王を即位させる。
- ヒルキヤ・・・ヨシヤ王時代の大祭司。律法の書を神殿で発見し、ヤハウェ崇拝復興のための宗教改革を推進した。
- セラヤ・・・ネブカドネザル2世のユダ王国征服後、処刑される。
バビロン捕囚、ペルシャ時代
- ヨシュア・・・バビロン捕囚より帰国し、総督ゼルバベルと共にエルサレム神殿を再建。
- ヨヤキム・・・ヨシュアの子。
- エリアシブ・・・ヨヤキムの子。ネヘミヤ時代の大祭司。
- ヨイアダ・・・エリヤシブの子。
- ヨハナン・・・ヨイアダの子。
ヘレニズム時代(前350年-前140年)
- ヤドア(前371年?-320年?)・・・ヨハナンの子。アレクサンドロス大王時代の大祭司。
- オニアス1世(前320年?-280年?)
- シモン1世(前280年?-260年?)
- エレアザル_(オニアスの子)(前260年?-245年?)
- マナセ (ヤドアの子)(前245年?-240年?)
- オニアス2世(前240年?-218年)
- 義人シモン2世(前218年-185年)
- オニアス3世(前185年-175年)・・・弟ヤソンにより廃位される。前170年に殺害される。
- ヤソン(前175年-172年)・・・オニアス3世を失脚させ、アンティオコス4世エピファネスに任命される。メネラオスに追われ、地位奪回を目指して失敗する(前168年)。
- メネラオス(前172年-162年)・・・アンティオコス4世エピファネスに任命され、ギリシャ化を推進し、マカバイ戦争勃発を招く。
- アルキモス(前162年-159年)・・・セレウコス朝と組んでユダ・マカバイと戦う。急死し、大祭司は空位となる。
- 空位(159-153)
ハスモン王朝時代(前140年-前37年)
- ヨナタン(前153年-143年)・・・セレウコス朝のアレクサンドロス1世バラスより、大祭司に任命される。
- シモン(前143年-134年)・・・セレウコス朝から完全に独立する。
- ヨハネ・ヒルカノス1世(前134年-104年)・・・イドマヤ、サマリアを征服。ゲリジム山の神殿を破壊。
- アリストブロス1世(前104年-103年)・・・王号を用い、王と大祭司を兼任した。
- アレクサンドロス・ヤンナイオス(前103年-76年)・・・ハスモン朝の最盛期を築く。
- ヨハネ・ヒルカノス2世(前76年-66年)・・・母サロメ・アレクサンドラが女王として統治(前76-67年)。
- アリストブロス2世(前66年-63年)・・・ローマのグナエウス・ポンペイウスによる征服。
- ヨハネ・ヒルカノス2世(前63年-40年)
- アンティゴノス(前40年-37年)・・・パルティアの援助で地位を奪う。ヘロデ大王に敗れ、処刑される。
ヘロデ時代(前37年-紀元70年)
- ハナヌエル(前37年-36年)・・・アナネルスとも。ヘロデ大王に任命される。
- アリストブロス3世(前36年)・・・ヘロデ大王の妻マリアムネ1世の弟。ヘロデに殺害される。
- ハナヌエル(前36年-30年)
- イエス_(ファベトの子)(前30年-23年)
- シモン_(ボエトスの子)(前23年-5年)・・・ヘロデ大王の妻マリアムネ2世の父。
- マタイ_(テオフィロスの子)(前5年-4年)
- ヨアザル_(ボエトスの子)(前4年)
- エレアザル_(ボエトスの子)(前4年-3年)・・・ヘロデ・アルケラオスの任命。
- イエス_(シエの子)(前3年-?年)
- ヨアザル_(ボエトスの子)(?年-紀元6年)
- アンナス(紀元6年-15年)・・・セツの子。シリア総督クレニオにより任命されるが、ユダヤ総督グラトゥスに解任される。
- イシュマエル (ファビの子)(紀元15年-16年)
- エレアザル_(アンナスの子)(紀元16年-17年)
- シモン (カミトスの子)(紀元17年-18年)
- カヤパ(紀元18年-36年)・・・サンヘドリンにおけるイエス・キリストの裁判で司会を務め、ピラトに引き渡した。
- ヨナタン (アンナスの子)(紀元36年-37年)
- テオフィロス_(アンナスの子)(紀元37年-41年)
- シモン・カンテラス_(ボエトスの子)(紀元41年-43年)
- マッティアス_(アンナスの子)(紀元43年)
- エリオナイオス_(カンテラスの子)(紀元43年-44年)
- ヨナタン (アンナスの子)(紀元44年)
- ヨセフ (カミュドスの子)(紀元44年-46年)
- アナニヤ_(ネデバイオスの子)(紀元46年-52年)・・・サンヘドリンでのパウロの裁判を司会。ユダヤ戦争勃発時、反乱軍に殺害される(66年)。
- ヨナタン(紀元52年-56年)
- イシュマエル (ファビの子)(紀元56年-62年)・・・アグリッパ2世に任命。
- ヨセフス・カビ(紀元62年-63年)・・・元大祭司シモンの子。
- アナヌス_(アナヌスの子)(紀元63年)・・・アンナスとも。主の兄弟ヤコブを処刑。ユダヤ戦争時、反乱軍を指揮。
- イエス (ダムナイオスの子)(紀元63年)
- イエス_(ガマリエルの子)(紀元63年-64年)
- マッテヤ_(テオフィロスの子)(紀元65年-66年)
- ファンニアス_(サムエルの子)(紀元67年-70年)・・・ハブタのピニハスとも。ユダヤ戦争中、反乱軍が任命。
参考文献
- 山口勝政「大祭司」『新聖書事典』いのちのことば社、1985年