夜叉
夜叉(やしゃ、梵:यक्ष yakṣa、パーリ語:ञक्ख yakkhaの音写、訳:暴悪・捷疾鬼・威徳、別名薬叉)は、古代インド神話に登場する鬼神。のちに仏教に取り入れられ護法善神の一尊となった。
一般にインド神話における鬼神の総称であるとも言われるが、鬼神の総称としては他にアスラという言葉も使用されている(仏教においては、アスラ=阿修羅は総称ではなく固有の鬼神として登場)。
夜叉には男と女があり、男はヤクシャ(Yaksa)、女はヤクシーもしくはヤクシニー(Yaksni)と呼ばれる。財宝の神クベーラ(毘沙門天)の眷属と言われ、その性格は仏教に取り入れられてからも変わらなかったが、一方で人を食らう鬼神の性格も併せ持った。ヤクシャは鬼神である反面、人間に恩恵をもたらす存在と考えられていた。森林に棲む神霊であり、樹木に関係するため、聖樹と共に絵図化されることも多い。また水との関係もあり、「水を崇拝する(yasy-)」といわれたので、yaksya と名づけられたという語源説もある。バラモン教の精舎の前門には一対の夜叉像を置き、これを守護させていたといい、現在の金剛力士像はその名残であるともいう。
インド神話において鬼神だった神々は大日如来によって仏教に包括されると、概ね8つの部族に分けられ天界に住し、仏界を守護する護法善神になった。仏教において天界に住む神々のうち、夜叉、天、龍、阿修羅、乾闥婆、緊那羅、迦楼羅、摩睺羅伽の8部族は天界の守護法神の要として八部衆と尊称される。八部衆での立場役割は、毘沙門天の眷属として羅刹と共に北方を守護する。また夜叉には、天夜叉・地夜叉・虚空夜叉の三種があり、地夜叉以外は飛行するという。
なお八部衆以外にもインド神話から仏教に包括された神は数多いが、仏教では善の仏となった神々もインド神話においては悪鬼であった者が多く、例えば金剛夜叉明王、大威徳夜叉明王等、夜叉の名前を冠する仏はインド神話では悪鬼神だったことが分かる。仏教には他にも夜叉神として鬼子母神(別名大薬叉女〈だいやくしゃにょ〉)・荼枳尼天などが知られている。
大乗仏典(3世紀)以降、夜叉はその鬼神としての残虐な性格が強調されることとなり、恐ろしい地獄の獄卒とも見られるようになった。だが、同時に薬師如来の十六大薬叉大将や釈迦八部衆の一に数えられ、仏法の守護者としての性格も保持したまま現在に至っている。現在も人殺しや非道な行いをする者を夜叉と形容することから、日本においても夜叉という言葉自体にはインド神話における本来の悪鬼という性格が色濃く残っていることがわかる。
スリランカではヤカー(Yaka)という病魔とされ、王にマハーコーラ・サンニ・ヤカー(Mahakola Sanni Yaka)がいるとされる。
タイでは、ヤック(ยักษ์)と呼ばれ、緑色と赤色の対になった巨大な像が寺院等の門にしばしば置かれている。
日本国内では、夜叉に帰依して、生まれた子供の無病息災を祈願して名前を受ける習慣があり、「あぐり」はその名前の代表的な例として知られている。
仏教の影響を受けたマニ教パルティア語文書(バクトリア出土)には、イエス・キリストとマニの名において夜叉などのデーウ(悪魔)を祓う、と書かれた護符文書がある。またいくつかの夜叉の特徴も併記されており、たとえばヴィシュヴァパーニ(Viśvapāṇi)は一日の第五の時間を支配し、ペシャワルに住み、塩味のものを食べる、とある。