厳島神社 (下関市)
嚴島神社 | |
---|---|
所在地 | 山口県下関市上新地町1丁目1−11 |
主祭神 |
市杵島姫命 田心姫命 湍津姫命 |
創建 | 平安時代末期 |
例祭 | 10月第3土・日曜日 |
嚴島神社(いつくしまじんじゃ)は、山口県下関市上新地町にある神社である。
祭神
宗像三神(いわゆる「厳島三神」)として以下の三つの神を祀る。
由緒
「嚴島神社記録帳」によると、治承・寿永の乱(いわゆる「源平合戦」)の時代、平家の守護神として安芸国嚴島神社の御分霊を安徳天皇の御座船に祀っていたが、壇ノ浦の戦い後磯辺に放棄されていたという。後に里人に神託があって、「吾は嚴島姫の神也、早く祭るべし、かしこの磐之上にあり」と、ふしぎに思いながらそこに行って見ると、磯辺に御鏡太刀様の物をみつけ、1185年(文治元年)里人たちが社殿を建立し、更に安芸国厳島神社より御分霊をあらためて勧請し、今日に至る。
高杉晋作との関係
高杉晋作は、1866年(慶応2年)の四境戦争に挑むに当たり、本神社において戦勝祈願を行ったといわれている。
小倉口の戦いでは、長州軍は奇兵隊・報国隊の2隊を先鋒とし戦い、同年8月1日、幕軍総帥小笠原壱岐守が小倉城を脱出、小倉藩は自ら城に火を放って敗走する中、攻め入った長州軍は余燼の中から、この太鼓を持ち帰り、高杉晋作が戦勝祈願を行った嚴島神社に大御神へのお礼にと奉納したという。
この太鼓は現在も本神社にて見ることが出来る。
その他
1992年(平成4年)6月17日未明、浮浪者の放火により社殿を全焼するという被害に見舞われている。その後、第一期工事として2001年(平成13年)5月に本殿が再建、第二期工事として2007年(平成19年)4月に拝殿・瑞垣・翼舎が再建されている。
関連項目
- 厳島神社(安芸の宮島)