一ノ濱善之助

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一ノ濵 善之助(いちのはま ぜんのすけ、1897年4月20日 - 1962年9月9日[1])は、井筒部屋に所属した力士。引退後は7代九重を一時期襲名し、後進の指導につとめた。本名は大塚 善作(旧姓佐々木、高橋)。北海道亀田郡七飯町出身。175cm、83kg。最高位は西前頭4枚目。

来歴

1916年1月初土俵、1922年5月十両昇進。1924年5月入幕した。オートバイの運転が得意だった。1928年10月を以て引退、九重を襲名する。1930年10月株の持ち主である同じ部屋の大関豊国が引退したために、廃業した。

成績

  • 幕内13場所47勝68敗23休5分預
  • 通算30場所103勝96敗23休10分預
  • 十両優勝1回(1923年5月)

改名

大江嶽→一ノ濵(1920年5月)[2]

出典

  1. ^ 京須利敏・水野尚文『令和三年版 大相撲力士名鑑』(共同通信社) 57頁
  2. ^ 大相撲力士名鑑平成13年版、水野尚文、京須利敏、共同通信社、2000年、ISBN 978-4764104709