レイナウト・ファン・ベンメレン

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レイナウト・ファン・ベンメレン
生誕 1904年4月14日
オランダ領東インド バタヴィア
死没 (1983-11-19) 1983年11月19日(79歳没)
国籍 オランダの旗 オランダ
研究分野 地質学
研究機関 ユトレヒト大学
出身校 デルフト工科大学
ウィーン工科大学
主な受賞歴 ウォラストン・メダル(1977年)
プロジェクト:人物伝
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レイナウト・ファン・ベンメレン(Reinout Willem van Bemmelen、1904年4月14日 - 1983年11月19日)は、オランダ地質学者である。インドネシア地質学火山の研究で知られる。

生涯[編集]

オランダ領インドネシアのバタヴィアで生まれた。父親は、インドネシアの気象地震観測所の所長を務めており、インドネシアで育った。

1920年から1927年の間、デルフト工科大学鉱山技術を学んだ。H.A. Brouwer やグスターフ・モーレングラーフに学び、ベチカ山地 (Cordillera Bética) の地質の研究で博士号を得た。ナポリ火山学の課程を学んだ後、インドネシアに戻りインドネシアの地質調査に加わり、ジャワ島スマトラ島の一部の地質を調査した。1933年から1935年はウィーン工科大学土壌学を学び、その後ジャワ島での、火山や火山噴出物地層の研究をおこなった。1930年代のムラピ山の活発な噴火活動を北西斜面のババダン (Babadan) の観測所で観測した。

第二次世界大戦中は、日本がインドネシアを占領し、ベンメレンと妻は3年間収容キャンプに拘束された。戦後はオランダのハーグに戻った。オランダ政府の援助による戦争で散逸した地質学的記録を収集し1949年に、The Geology of Indonesia を出版した。1950年にユトレヒト大学教授となり、M.G. Rutten と共に、アイスランドの火山学、古磁気学研究を行った。

造山運動に関する理論で知られ、著書に Mountain Building がある。1977年にロンドン地質学会からウォラストン・メダルを受賞した。

関連項目[編集]

脚注[編集]