ヘイルトゥリーズン

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ヘイルトゥリーズン
欧字表記 Hail to Reason
品種 サラブレッド
性別
毛色 黒鹿毛
生誕 1958年
死没 1976年2月24日
Turn-to
Nothirdchance
生国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
生産者 Bieber-Jacobs Stable
馬主 Patrice Jacobs
調教師 H.Jacobs
競走成績
生涯成績 18戦9勝
獲得賞金 32万8434ドル
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ヘイルトゥリーズンHail to Reason1958年 - 1976年)はアメリカ競走馬1960年に2歳チャンピオンに選ばれるなど活躍した。種牡馬としても成功し、ヘイルトゥリーズン系日本アメリカ大陸などで大いに繁栄した。

戦績

デビューは2歳の1月、サンタアニタ競馬場の未勝利戦。しばらくは勝てなかったが6戦目で勝ち上がるとトレモントステークス、サンフォードステークス、ホープフルステークス等に勝利し18戦9勝の成績を残した。ホープフルステークスは10馬身差レコードでの圧勝。故障により2歳戦限りで引退、わずか8か月の競走生活であった。

種牡馬時代

引退後は種牡馬となり、1970年にはボールドルーラーを破りアメリカのリーディングサイアーに輝いた。おもな産駒ロベルトエプソムダービー)、ヘイロー(アメリカリーディングサイアー)、 プラウドクラリオン(ケンタッキーダービー)、パーソナリティ(プリークネスステークスウッドワードステークス)、ヘイルトゥーオール(ベルモントステークストラヴァーズステークス)、ストップザミュージックシャンペンステークス)など。

後継種牡馬にヘイロー、ロベルトなど。ヘイロー産駒のサンデーサイレンス、ロベルト産駒のブライアンズタイムなどが種牡馬として日本に輸出され、大きな成功を収めている。

血統表

ヘイルトゥリーズン血統ロイヤルチャージャー系4号族(4-n) / Plucky Liege 4×4=12.50%、Pharos 4×4=12.50%、Man o'War 4×5=9.38%、Swynford 5×5=6.25% (血統表の出典)

Turn-to
1951 鹿毛
父の父
Royal Charger
1942 栗毛
Nearco Pharos
Nogara
Sun Princess Solario
Mumtaz Begum
父の母
Source Sucree
1940 黒鹿毛
Admiral Drake Craig an Eran
Plucky Liege
Lavendula Pharos
Sweet Lavender

Nothirdchance
1948 鹿毛
Blue Swords
1940 鹿毛
Blue Larkspur Black Servant
Blossom Time
Flamign Swords Man o'War
Exalted
母の母
Galla Colors
1943 鹿毛
Sir Gallahad III Teddy
Plucky Liege
Rouge et Noir St.Germans
Baton Rouge F-No.4-n


外部リンク