ブピバカイン
IUPAC命名法による物質名 | |
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臨床データ | |
発音 | [bjuːˈpɪvəkeɪn] |
販売名 | Marcaine, Marcain, Sensorcaine, and Vivacaine |
Drugs.com | monograph |
胎児危険度分類 |
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法的規制 |
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投与経路 | 非経口, 局所 |
薬物動態データ | |
生物学的利用能 | n/a |
血漿タンパク結合 | 95% |
代謝 | Liver |
作用発現 | Within 15 min[1] |
半減期 | 3.5 hours (adults) 8.1 hours (neonates) |
作用持続時間 | 2 to 8 hr[2] |
排泄 | Kidney, 4–10% |
識別 | |
CAS番号 |
38396-39-3 2180-92-9 |
ATCコード | N01BB01 (WHO) |
PubChem | CID: 2474 |
IUPHAR/BPS | 2397 |
DrugBank | DB00297 |
ChemSpider | 2380 |
UNII | Y8335394RO |
KEGG | D07552 |
ChEBI | CHEBI:60789 |
ChEMBL | CHEMBL1098 |
化学的データ | |
化学式 | C18H28N2O |
分子量 | 288.43 g/mol |
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物理的データ | |
融点 | 107 - 108 °C (225 - 226 °F) |
ブピバカイン(Bupivacaine)とはアミノアミド型に分類される長時間作用型の局所麻酔薬の一つである[3][4][1]。商品名マーカイン。ブピバカインは浸潤麻酔、神経ブロック、硬膜外麻酔、脊椎麻酔などに用いられる。麻酔する区域や神経の周囲、硬膜外腔に注入して用いる。少量のアドレナリンを混和して用いると作用持続時間が延長する[1]。通常注入後15分以内に効果が現れて2〜8時間持続する[1][2]。代表的な副作用として傾眠、筋痙攣、耳鳴、視覚異常、低血圧、異常心拍数がある。関節に注入すると軟骨障害が発生する[5]。高濃度製剤は産科における硬膜外麻酔に適さない[1]。分娩時に硬膜外麻酔すると分娩時間が延長する[1]。
ブピバカインは1957年に発見された[6]。WHO必須医薬品モデル・リストに収載されている[7]。
効能・効果
日本で承認されている麻酔方法は、硬膜外麻酔[3]、伝達麻酔[3]、脊椎麻酔(腰椎麻酔)[4]に分類されている。
英語版の添付文書では、局所浸潤麻酔、末梢神経麻酔、交感神経麻酔、硬膜外麻酔、仙骨麻酔が記載されている[1]。全身に回ることを防ぎ作用持続時間を延長させるためにアドレナリンを併用することがある。海外でのみ入手可能な0.75%製剤は、球後麻酔に使用される[8]。ブピバカインは、分娩時硬膜外麻酔並びに術後疼痛管理で最も一般的に使用される局所麻酔薬であったが[9]、少なくとも日本においては、より毒性が低い長時間作用性局所麻酔薬である、レボブピバカインやロピバカインの使用が増えてきている。
禁忌
ブピバカインはアミド型局所麻酔薬に対する過敏症の既往歴のある患者には禁忌である。硬膜外麻酔に用いる場合には、大量出血やショック状態の患者、注射部位やその周辺に炎症のある患者、敗血症の患者にも禁忌である[3]。脊椎麻酔(腰椎麻酔)に用いる場合はさらに、髄膜炎、灰白脊髄炎、脊髄癆などの中枢神経系疾患を持つ患者や脊椎に結核、脊椎炎、転移性腫瘍などの活動性疾患のある患者に禁忌となる[4]。
産科での子宮頚管傍ブロック及び経静脈区域麻酔(Bierブロック)への使用も止血失敗や心停止の危険がある事から禁止されている。0.75%の製剤は、陣痛緩和を目的に硬膜外麻酔に使用すると治療困難な心停止をきたすので使用できない[10]。
副作用
ブピバカインには強い心血管毒性があり、静注で不整脈や低血圧を引き起こし得る。これは、収縮期において心筋のNaチャネルをブロックし、拡張期においても解離が遅いことでリエントリ性の不整脈が起こることによる。ブピバカインには光学異性体が存在するが、R体とS体とでNaチャネルに対する親和性が異なりS体(レボブピバカイン)の方が心毒性が少ない。全般的には正しく投与すればブピバカインの副作用は稀である。意図せず静脈内注射した場合や注射部位からの吸収が速過ぎる場合、代謝分解が遅い場合等に副作用が生じ易い。アレルギー反応が稀に発生する[10]。
臨床的に重要な副作用は、ブピバカインが全身に回り主として中枢神経系及び心血管系に作用することに基づく。中枢神経作用は血中濃度が低くても発生する。まず初めに皮質抑制性の経路が選択的に遮断され、神経興奮作用が発現する。血中濃度が高くなると抑制性経路と興奮性経路の双方が遮断され、中枢神経系が抑制され、昏睡が現れる事もある。血中濃度が高いと心血管系も影響されるが、低濃度でも心血管虚脱が発生し得る[11]。中枢神経系への作用が切迫性の心毒性を示す事もあるので、注意深い観察が必要である[10]。
脊髄くも膜下麻酔に使用した時に、痺れ、麻痺、無呼吸、換気低下、便失禁、尿失禁が起こる危険がある。加えて、関節腔内に持続注射した後に軟骨融解が起こる可能性がある[10]。
ブピバカインを硬膜外麻酔に用いる際に誤って静脈内に注入して患者が死亡した例がある[12]。
重大な副作用として添付文書に記載されているものは、ショック、意識障害、振戦、痙攣、異常感覚、知覚障害、運動障害、肝障害(硬膜外麻酔の場合)である[3][4]。
過量投与時の治療
脂肪油滴の点滴がブピバカイン過量投与時の重篤な心毒性の治療に有効であったとの動物実験の結果がある[13][14]。ヒトでも治療可能であったとの報告があり[15][16]、より大きな研究も計画されている[17]。
妊産婦・授乳婦
ブピバカインは胎盤を通過するので米国の胎児危険度分類はCに分類されているが、産科麻酔に使用される。ブピバカインは乳汁中に分泌されるので、授乳を中止する事の不利益とブピバカインを中止する事の不利益とを比較勘案して使用の可否を決定すべきである[10]。
作用機序
ブピバカインは細胞内の電位依存性ナトリウムチャネルに結合し、神経細胞内へのナトリウムイオンの流入を阻害して、脱分極を妨げる。脱分極が抑制されると、疼痛を伝える信号が抑えられ、痛みが消失する。
薬物動態
ブピバカインを含めた局所麻酔薬の全身への吸収速度は投与量、投与経路、投与部位の血管分布に依存的であり、またアドレナリン併用の有無によって変化する[18]。
- 投与から作用発現まで:1〜17分
- 作用持続時間(経路・量依存的に可変):2〜9時間
- 半減期:2.7時間(成人)、8.1時間(新生児)
- 最高血中濃度に達するまでの時間(末梢、硬膜外、仙骨麻酔時):30〜45分
- 蛋白質結合率:約95%
- 代謝:肝臓(シトクロムP450によるN末端の脱アルキル化[19]等)
- 排泄:腎臓(未変化体6%、脱ブチル体5%)[10]
化学構造
リドカインと同じく、ブピバカインはアミノアミド型局所麻酔薬である。芳香環と脂肪族側鎖がアミド結合で継っており、エステル結合している前世代の局所麻酔薬よりも安定性が向上し、アレルギー反応が減少している。リドカインと異なり、ブピバカインの末端のアミノ基はピペリジン環の一部となっている。ブピバカイン、メピバカイン、ロピバカイン、レボブピバカインなどは“ピペコリルキシリジン”と総称されている[9]。
研究開発
レボブピバカインはブピバカインの(S )-(–)-エナンチオマーであり、作用時間が長く、血管拡張作用が弱い。術後の疼痛抑制を目的にした製剤が開発され、第III相臨床試験が完了している[20]。
出典
- ^ a b c d e f g “Bupivacaine Hydrochloride”. The American Society of Health-System Pharmacists. 2015年8月1日閲覧。
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- ^ a b c d “マーカイン注脊麻用0.5%等比重/マーカイン注脊麻用0.5%高比重 添付文書” (2015年1月). 2016年4月25日閲覧。[リンク切れ]
- ^ Gulihar, Abhinav; Robati, Shibby; Twaij, Haider; Salih, Alan; Taylor, Grahame J. S. (2015-12-01). “Articular cartilage and local anaesthetic: A systematic review of the current literature” (英語). Journal of Orthopaedics 12: S200–S210. doi:10.1016/j.jor.2015.10.005. ISSN 0972-978X. PMC PMC4796530. PMID 27047224 .
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