クフモ
クフモ Kuhmo | |||
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位置 | |||
クフモの位置 | |||
座標 : 北緯64度07分40秒 東経29度31分05秒 / 北緯64.12778度 東経29.51806度 | |||
行政 | |||
国 | フィンランド | ||
州 | オウル州 | ||
県 | カイヌー県 | ||
町 | クフモ | ||
地理 | |||
面積 | |||
町域 | 5,457.58 km2 | ||
陸上 | 4,820.93 km2 | ||
水面 | 636.65 km2 | ||
人口 | |||
人口 | (2008年10月31日現在) | ||
町域 | 10,449人 | ||
人口密度 | 2.2人/km2 | ||
公式ウェブサイト : [1] |
クフモ(芬:Kuhmo)はフィンランド、オウル州カイヌー県の自治体。人口は10,449人で面積は5,457.58km2。このうち636.65km2は水域になっている。人口密度は低く1km2あたり2.2人。ロシア国境に面しておりその長さは120km。
フィンランド語のみを公用語に指定している。
歴史
17世紀の始め、クフモの人々はカヤーニやオウルヤルヴィの教区に属していた。クフモは1865年に自治体となり1937年まではクフモニエミとして知られていた。この名前を略して現在のクフモに収まった。クフモは1986年に市に格上げされた。
19世紀の間、乾留液やその他の燃料が経済の中心になっていた。1900年に乾留液の生産量はフィンランド最高になり、160万リットルが清算された。
冬戦争ではクフモで重要な戦闘が起こった。クフモの戦いの間48回の地上戦と砲撃がクフモ中心から10kmの位置でおこなわれた。クフモの戦いの後もこの地域の国境線は変わらず、1595年のTäyssinä平和条約より400年国境線を保ち続けている
文化
クフモは「クフモ室内楽祭」で良く知られている。このお祭りは1970年セッポ・キマネン・新井淑子夫妻とその友人のグループから始まった。2006年に出版された本には「森の音楽を聴きましょう」とフランス語と英語で書かれている。