PhyloCode

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

これはこのページの過去の版です。Hirotek654 (会話 | 投稿記録) による 2020年6月19日 (金) 12:57個人設定で未設定ならUTC)時点の版 (微修正。)であり、現在の版とは大きく異なる場合があります。

PhyloCode (ファイロコード) は、正式名称を International Code of Phylogenetic Nomenclature (国際系統命名規約)といい、系統学に基づいた命名に関する規約の草案として提案されているものである。最新版は特にクレードの命名を規定することに主眼を置いており、名については階級に基づいた既存の命名規約 (ICN,ICZN,ICNB,ICTV)に委ねることになっている。なお、日本語の「学名」はこれらの命名規約に従うものを指すため、本記事ではPhyloCodeに基づくものは単に「名前」とする(英語では必ずしも呼び分けられず、実際の規約でも「name」と呼ばれる)。PhyloCodeは、既存の学名を置き換えるものではなく、あくまでその補完を目指すものとされる[1][2]

PhyloCodeは、ISPNの管理下にある[3]。PhyloCodeに基づいた命名は、2020年の『Phylonyms』出版により、初めて行われた。また、それらの名前についてはオンラインデータベースの『RegNum』が準備されている。

概要

PhyloCodeは、どの名前及び定義が有効で、どの名前がホモニム[4]またはシノニム[5]で、どの名前が実際に使われるべきか(ふつうは最初に登録されたもの)といったことを定めることで、系統の命名規約としようとする[6] 。PhyloCodeでは、単系統群クレードに対する名前のみが認められ、側系統群多系統群は認められず[7]、定義には標本・種・共有派生形質のみが用いられる[8]

系統の命名

階級に基づいた命名規約 (ICN,ICZN,ICNB,ICTV)とは異なり、PhyloCodeは階級の使用を必須としないが、用いてもよい[9][10]

階級に基づいた命名規約は、などの階級を用い、通常はタイプ標本またはタイプ分類群によって[11]を分類群を定義している。ここでは、ある名前の分類群がタイプ以外に何を含むかは限定されない。

一方、系統の命名においては、ある名前の分類群が実際に何を含むかということは、系統(祖先と子孫)に基づいて定義・限定され、実際の生物を指定するのには種・標本・共有派生形質が用いられる。定義はその分類群の共通祖先に関するもので、実際の分類群はその全ての子孫を含むグループとなる。したがって、系統的に定義された分類群が実際に何を含むかは、どの系統仮説を採用するかに依存する。

以下は系統的な定義の例である[12]

  • 分岐点(ノード)に基づく定義: AとBの最も近い共通祖先に由来するクレード」または「AとBを含む最小のクレード。
  • 枝(ブランチ)に基づく定義: Zとの共通祖先よりAとの共通祖先の方が新しいすべての生物または種にA自身を加えたクレード」または「Aを含むがZは含まないクレードのうち最大のもの。ステムに基づく定義とも。
  • 派生形質(アポモルフィー)に基づく定義: Aのもつ派生形質Mを有する最初の生物または種に由来するクレード。

これら以外にも、現生種がいるかどうかなど、他の基準を加えた定義も可能である。

以下の表では、従来の命名規約に基づいた階級のある分類群を、系統によって定義した例を示す。以下における哺乳類のように、ノードに基づいた定義において、現存する標本・種のみが用いられる場合、 それはクラウングループとなる。(伝統的な定義では、哺乳類は化石でしか見つかっていないグループを含めた、クラウングループより広いものとなる[13]。)

学名 階級 タイプ 系統的な定義として可能な例
ティラノサウルス科
Tyrannosauridae
ティラノサウルス
Tyrannosaurus

Osborn 1905年
Tyrannosaurus rex Osborn 1905、Gorgosaurus libratus Lambe 1914、Albertosaurus sarcophagus Osborn 1905を含む最小のクレード
哺乳類
Mammalia
該当なし ヒトHomo sapiens Linnaeus 1758)とカモノハシOrnithorhynchus anatinus Shaw 1799) の共通祖先に由来するクレード
齧歯目
Rodentia
該当なし トウブワタオウサギ(Sylvilagus floridanus Allen 1890)を含まないが、ハツカネズミMus musculus Linnaeus 1758)を含む最大のクレード
新鳥亜綱
Neornithes
(現生鳥類)
亜綱 該当なし イエスズメPasser domesticus Linnaeus 1758)を含むがステゴサウルスの1種Stegosaurus armatus Marsh 1887を含まないような最大のクレードに属する全ての現生種の最も新しい共通祖先に由来するクレード
四肢動物
Tetrapoda
上綱 該当なし ヒト(Homo sapiens Linnaeus 1758)に遺伝した指趾のある肢を持つ最初の祖先に由来するクレード

バージョン

PhyloCodeの草案は何回かの改訂を経ている。 古いバージョンはすべてWebサイトに残っている。2020年1月時点での最新版であるバージョン5は、2014年1月に完成し、2019年1月21日にリリースされたものである。

構成

他の命名規約と同様に、PhyloCodeの規則は各条にまとめられ、各条はさらに各章にまとめられている。条には注釈や、例、勧告が含められている。

目次

登録データベース

まだ実現してはいないが、PhyloCode に関連するデータベースとしてRegNum があり、ここに全てのクレード名と定義が登録・保存される[14]。これにより、クレード名を定義に関連づける一般利用可能なツールが提供されることとなり、さらにTreeBASEなどの系統樹データベースを介して下位分類群や標本とも関連づけられることが期待される。

しかしながら、現在のところ、 RegNum の最も重要な目的は、シノニムのホモニムのうちどれを用いるべきかを、(保存名の場合を除き)登録番号の最も若いものとして決定することである。

歴史

(PhyloCode の序文[15]の要約)

PhyloCodeは、1998年8月にハーバード大学において開かれたワークショップで、その範囲と内容が決められたことから始まった。後にさらに数人がプロジェクトに加わり、ワークショップ参加者の多くと共にアドバイザーとして貢献した。 2000年4月、ウェブ上で草案が公開され、科学界からのコメントが求められた。

2002年7月にイェール大学で第2回ワークショップが開催され、PhyloCode の規則と勧告にいくつかの変更が加えられた。 その他にも何度か改訂が実施されている。

2004年7月6日から2004年7月9日にかけてフランスパリで開催された第1回国際系統命名会議には、11ヶ国からおよそ70名の系統分類学者進化生物学者が参加した[16]。これは、系統命名規約に全面的に焦点を当てた、複数日開催の公開会議として最初のものであり、ISPNの発足の場となった。ISPNの会員は系統命名委員会(CPN)のメンバーを選出し、委員会は PhyloCode のコンセプト作りの初期段階を監督したアドバイザーグループの役割を引き継いだ。

2006年6月28日から2006年7月2日にかけて、米国コネチカット州ニューヘイブンにあるイェール大学で第2回国際系統命名会議が開催された[17]

第3回国際系統命名会議は、2008年7月21日から2008年7月22日にかけてカナダノバスコシア州ハリファックスにあるダルハウジー大学で開催された。

影響

PhyloCode の理論的基盤は、系統樹によって分類群の名称を定義することが可能であるという主張に始まり、[18]デ・ケイロスゴーティエによる一連の論文の中で形成された[19][20][21]

元々、階級に基づいた命名規約を統一する試みとしてBioCode の草案があり、PhyloCode は可能な限りこれをモデルとして作られた[22]。PhyloCode の構成、専門用語や条文上の表現の一部が BioCode と共通するのはそのためである。一部の規則は、既存の命名規約、特に植物命名規約[23][24][25]や動物命名規約[26][27]に由来する。しかし、PhyloCodeの多くの規則は、体系において用いられる定義が根本的に異なるため、既存の命名規約中に対応するものが存在しない。

将来

PhyloCode は議論の的になっており、分類学者からの強い批判も根強い[28]。プロジェクトは10年以上前に発足したにも関わらず、PhyloCode の普及を支持する人は依然として少ない。2019年の時点では、規約が施行されたとしても実際にどれだけ広く使われるかは不透明である。支持者の一部は、少なくとも最初は、関連する登録データベース RegNum に関する規則のみを施行すべきで、RegNumがクレードの名称と定義を検索するツールとして科学界に受け入れられれば、次の段階に移れるかもしれないと考えている。

PhyloCodeに対する批判文献の一覧は、再反論とともにISPNのウェブサイトで見ることが出来る。

脚注

  1. ^ The PhyloCode”. オハイオ大学. 2018年11月27日閲覧。
  2. ^ SDictionary (2015年4月15日). “PhyloCode Meaning”. YouTube. 2018年11月27日閲覧。
  3. ^ International Society for Phylogenetic Nomenclature (website)”. Phylonames.org. 2010年7月7日閲覧。
  4. ^ International Code of Phylogenetic Nomenclature, Version 4b - Article 13: Homonymy”. ohiou.edu. 2010年7月7日閲覧。
  5. ^ International Code of Phylogenetic Nomenclature Version 4b, Article 14: Synonymy”. Ohiou.edu. 2010年7月7日閲覧。
  6. ^ International Code of Phylogenetic Nomenclature, Version 4b - Chapter II. Publication”. Ohiou.edu. 2010年7月7日閲覧。
  7. ^ International Code of Phylogenetic Nomenclature, Version 4b - Rule 1.1”. Ohiou.edu. 2010年7月7日閲覧。
  8. ^ International Code of Phylogenetic Nomenclature, Version 4b - Article 11. Specifiers and Qualifying Clauses”. Ohiou.edu. 2010年7月7日閲覧。
  9. ^ International Code of Phylogenetic Nomenclature, Version 4b - Article 3. Hierarchy and Rank”. Ohiou.edu. 2010年7月7日閲覧。
  10. ^ Although note that the PhyloCode does not permit a taxon's name to change when its rank changes, while the rank-based codes require this for at least some names.
  11. ^ Definition of 'subtaxon'”. Collins. 2018年11月27日閲覧。
  12. ^ International Code of Phylogenetic Nomenclature, Version 4b - Article 9. General Requirements for Establishment of Clade Names”. Ohiou.edu. 2010年7月7日閲覧。
  13. ^ Anderson, Jason S. (2002). “Use of Well-Known Names in Phylogenetic Nomenclature: A Reply to Laurin”. Systematic Biology 51 (5): 822–827. doi:10.1080/10635150290102447. PMID 12396594. http://sysbio.oxfordjournals.org/content/51/5/822.full.pdf 2011年12月28日閲覧。. 
  14. ^ http://www.ohio.edu/phylocode/art8.html
  15. ^ International Code of Phylogenetic Nomenclature, Version 4b - Preface”. Ohiou.edu. 2010年7月7日閲覧。
  16. ^ Laurin, M.; P. D. Cantino (2004). “First international phylogenetic nomenclature meeting: a report”. Zool. Scr. 33 (5): 475–479. doi:10.1111/j.0300-3256.2004.00176.x. 
  17. ^ Laurin, M.; P. D. Cantino (2007). “Second meeting of the International Society for Phylogenetic Nomenclature: a report”. Zool. Scr. 36: 109–117. doi:10.1111/j.1463-6409.2006.00268.x. 
  18. ^ Ghiselin, M. T. (1984). “"Definition," "character," and other equivocal terms”. Syst. Zool. (Society of Systematic Biologists) 33 (1): 104–110. doi:10.2307/2413135. JSTOR 2413135. 
  19. ^ de Queiroz, K.; J. Gauthier (1990). “Phylogeny as a central principle in taxonomy: Phylogenetic definitions of taxon names”. Syst. Zool. (Society of Systematic Biologists) 39 (4): 307–322. doi:10.2307/2992353. JSTOR 2992353. 
  20. ^ de Queiroz, K.; J. Gauthier (1992). “Phylogenetic taxonomy”. Annu. Rev. Ecol. Syst. 23: 449–480. doi:10.1146/annurev.es.23.110192.002313. 
  21. ^ de Queiroz, K.; J. Gauthier (1994). “Toward a phylogenetic system of biological nomenclature”. Trends Ecol. Evol. 9 (1): 27–31. doi:10.1016/0169-5347(94)90231-3. PMID 21236760. 
  22. ^ Greuter, W.; D. L. Hawksworth; J. McNeill; A. Mayo; A. Minelli; P. H. A. Sneath; B. J. Tindall; P. Trehane et al. (1998). “Draft BioCode (1997): the prospective international rules for the scientific names of organisms”. Taxon (International Association for Plant Taxonomy (IAPT)) 47 (1): 127–150. doi:10.2307/1224030. JSTOR 1224030. 
  23. ^ Greuter, W.; F. R. Barrie; H. M. Burdet; W. G. Chaloner; V. Demoulin; D. L. Hawksworth; P. M. Jørgensen; J. McNeill et al. (1994). International Code of Botanical Nomenclature (Tokyo Code). Koeltz Scientific Books, Königstein, Germany. ISBN 1-878762-66-4 
  24. ^ Greuter, W.; F. R. Barrie; H. M. Burdet; V. Demoulin; T. S. Filgueiras; D. L. Hawksworth; J. McNeill; D. H. Nicolson et al. (2000). International Code of Botanical Nomenclature (Saint Louis Code). Koeltz Scientific Books, Königstein, Germany 
  25. ^ McNeill, J.; F. R. Barrie; H. M. Burdet; V. Demoulin; D. L. Hawksworth; K. Marhold; D. H. Nicolson; J. Prado et al. (2006). International Code of Botanical Nomenclature (Vienna Code). Gantner, Ruggell, Liechtenstein. ISBN 3-906166-48-1 
  26. ^ International Commission on Zoological Nomenclature (1985). International Code of Zoological Nomenclature (3rd ed.). International Trust for Zoological Nomenclature. ISBN 0-85301-006-4 
  27. ^ International Commission on Zoological Nomenclature (1999). International Code of Zoological Nomenclature (4th ed.). International Trust for Zoological Nomenclature. ISBN 0-85301-006-4 
  28. ^ Nixon, K.C., Carpenter, J.M. & Stevenson, D.W. (2003): The PhyloCode Is Fatally Flawed, and the "Linnaean" System Can Easily Be Fixed. The Botanical Review no 69(1): pp111-–120 article

文献

外部リンク