HOOKSOFT

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HOOKSOFT
ジャンル アダルトゲーム
企業名 株式会社ロボプランニング
審査 ソフ倫
特記事項 パートナーブランド加盟ブランド
HOOKSOFT(HOOK)
デビュー作 雨あがりの猫たちへ
2001年6月15日
最新作 みくりまくり
2008年12月28日
公式サイト HOOKSOFT OFFICIAL WEB SITE
TJR
デビュー作 tan.
2006年12月22日
最新作 BackStage
2008年8月8日
SMEE
デビュー作 リリミエスタ
2007年3月23日
最新作 晴れハレはーれむ
2008年7月11日
  

HOOKSOFT(フックソフト)は株式会社ロボプランニングによるアダルトゲームのブランド。 2008年12月2日以前の名称はHOOK(フック)。パートナーブランドの一員。HOOK SOFTWARE CREATIONS(フックソフトウェアクリエイションズ)とも。

目次

[編集] 経緯

[編集] サークル時代

イトセキミナトは、高校3年生時に同学年のkeiをさそい、同人サークル『ティングアベル』を結成。武田弘光は高校時代に自作のホームページにCGを載せていたところ、イトセキに見止められて『ティングアベル』に参加。山根呂兵はゲーム専門学校に行った後に、インターネットのチャットにおいてイトセキに誘われて『ティングアベル』に参加。川波無人は一般企業に勤めた後、ゲーム制作の夢を諦めきれずゲームデザイナー学院に入り、同人サークル『ソフトハウス吾』(そうふとはうすあ)を結成。亜佐美晶は大学時に同人サークル『サテライン』を結成。ゲームをつくるに当たり、プログラマーを募集したところ『ソフトハウス吾』のメンバーが手伝いに来ることにより交流を持つ。

[編集] ブランド『HOOK』設立

1999年同人サークルティングアベル』代表のイトセキミナトが中心となり、同人サークルの法人化という形で設立。イトセキは設立に当たり、同人サークル『サテライン』『ソフトハウス吾』(そうふとはうすあ)に声をかけ、メンバー募集する。『サテライン』のメンバー亜佐美はゲーム制作を職業に希望しており、イトセキの誘いに乗る。これにより『サテライン』は解散し、設立に不参加のメンバーは別れる。『ソフトハウス吾』の川波はゲーム制作の下請け会社に勤めた後に、一般企業に勤めていたところ、イトセキの誘いがあり、再びゲーム制作会社に勤めることを決意する。

2000年4月に有限会社を設立し、イトセキが社長に就任。第1作「雨あがりの猫たちへ」への制作を始めるに当たり、発売元をブランド『HOOK』に決定。2001年6月15日に「雨上がりの猫たちへ」を発売し、5000本売れたことで、向ヶ丘遊園に事務所を設立。 設立より[Orange Pocket]のスマッシュヒット前後までは『HOOK』「フック」では無く「ホック」と誤呼称される事が多かった。

[編集] 『HOOK』解散の危機

メンバーは口だけの社長イトセキに不満を募らせており、イトセキ社長の実質上の解任を行う。しかし、年収の低さ等は解消せず、不満はわだかまっていた。川波と山根以外はほぼ出社しておらず、実質上の解散となっていた。一方、川波は「雨あがりの猫たちへ」の制作で不満を募らせており、これまでと違うメンバーで制作を行いたいと考える。原画家がいなかったため、『ソフトハウス吾』のメンバーの弟であり、雑誌の投稿で名を得ていた宅本うとを原画家に採用する。その際予めメンバーに相談せずに、第2作「天紡ぐ祝詞」の企画を販売元に提出し、了承が出たため制作を開始する。終盤になると亜佐美とkeiが加わり、何とか発売にこぎつける。

「天紡ぐ祝詞」の販売目途が立ったところで、第3作「OrangePocket」の制作を始める。会社に籍が残っていたが、依然と出社していなかった武田に原画の担当を頼むが断られる。山根が武田を説得して、「OrangePocket」の制作が開始する。販売元から制作資金を調達後、『天紡ぐ祝詞』の予想販売数が2000本と当初の予想7000本から大きく外れることが発覚する。原因は営業活動をまったく行っていないためだった。実際の売上も振るわず、借金を抱えることになる。

「天紡ぐ祝詞」がマスターアップすると、『FILM-SOFTWARE』の第1作「なないろ 恋の天気予報」の手伝いに仙台に行くことになる。ほぼ完成しているという話だったが、手伝いにいってみると発売4ヶ月前にもかかわらず、1割程しか完成していなかった。そこで急遽『HOOK』スタッフが手伝うことになる。「なないろ」のマスターアップ以降も『FILM-SOFTWARE』代表から制作場所だった一戸建ての家を引き続き使用してよいといわれたため、「OrangePocket」の制作を行う。ところが「なないろ」は2002年10月25日に販売されたものの、大きなバグが発覚し、『FILM-SOFTWARE』代表は失踪し実質上の解散となる。これにより『FILM-SOFTWARE』のメンバー松下まかこらっこGTが、「OrangePocket」の制作を手伝うようになる。

12月末まで仙台で制作していたが、光熱費を支払っていなかったため、電気・ガスが止まる。仕方なく東京に帰ったところ、イトセキが会社解散を発表する。イトセキは制作には関わっていなかったものの、法的には代表取締役社長であったため、イトセキは会社を解散させることができた。

[編集] 『株式会社ロボプランニング』傘下へ

会社が解散になり、個人だと税金の問題や権利関係が複雑になるため、「OrangePocket」の発売元をどうするかが問題になった。個人名義の販売も考えたが、『株式会社ロボプランニング』が名義を貸してくれることになり、『HOOK』は『株式会社ロボプランニング』傘下のブランドとなる。事務所は販売元のビルの一室を借りることで解決する。2003年6月13日 「OrangePocket」は無事に発売となり、『HOOK』の出世作となる。そのお金で秋葉原に現在の事務所を構える。松下・らっこは、『FILM-SOFTWARE』の復活は無理と諦め、『HOOK』の正式メンバーとなる。一方で、武田は『HOOK』を退職する。ここで『HOOK』における原画家が武田から松下とらっこに移ることになる。

2004年5月28日に第4作LikeLifeを、2005年7月15日第5作_summerを発売。2006年8月には、姉妹ブランド『TJR』と『SMEE』を立ち上げる。

[編集] 『株式会社インターアパレル』に移動

『株式会社ロボプランニング』傘下だった『HOOK』だったが、2007年の時期は未定だが『株式会社インターアパレル』内の開発チームとして、2007年6月29日第6作HoneyComingを発売する。ただ、当時『HOOK』が開発してる秋葉原の開発室の表記では『株式会社ロボプランニング』になっていた。2008年10月10日に第7作FairlyLifeを発売。

[編集] 新ブランド『HOOKSOFT』へ

 2008年10月末をもって現スタッフ全員が『株式会社インターアパレル』を退社。2008年12月2日に『HOOKSOFT』を新たに設立(事実上の独立)し、ホームページも一新した。

[編集] 作品一覧

[編集] 姉妹ブランド

TJR
SMEE

[編集] スタッフ

[編集] 現スタッフ

  • 企画、プロデュース
    • 亜佐美晶 - 創立メンバー
  • シナリオ
    • 川波無人 - 創立メンバー
    • 山根呂兵 - 創立メンバー
  • 原画
    • 松下まかこ - 「LikeLife」より担当。元『FILM-SOFTWARE
    • らっこ - 「LikeLife」より担当。元『FILM-SOFTWARE』
    • 宅本うと - 「天紡ぐ祝詞」のみ担当。「天紡ぐ祝詞」より参加
  • グラフィック
    • 山根呂兵 - 創立メンバー
    • 宅本うと
    • 真海
    • みつき
  • デザイン
    • kei
  • デバッグ
    • ⅤⅡ - 「天紡ぐ祝詞」より参加し、「OrangePocket」で正スタッフ。
  • 不明
    • 黒木ノア

[編集] 旧スタッフ

  • 旧会社社長
    • イトセキミナト - 創立メンバー。有限会社解散により辞職。
  • 原画
    • 武田弘光 - 創立メンバー。「OrangePocket」制作後に退社し、外注。

[編集] 参考文献

  • 「HOOK VISUAL BOOK」 - 「_summer」特典

[編集] 外部リンク

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