食管法違反事件

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食管法違反事件(しょっかんほういはんじけん)、食管法事件(しょっかんほうじけん)または食糧管理法違反事件(しょくりょうかんりほういはんじけん)とは、太平洋戦争終戦直後の混乱期に食糧管理法の合憲性や刑事訴訟における手続的問題等を巡って争われた一連の判例を個別にまたは総称していうものである。

以下時期が近接する3件の判例につき解説するが、これらの事件は必ずしも同一の被告人に関するものではない。

生存権に関する判例(最高裁判所昭和23年9月29日大法廷判決)[編集]

最高裁判所判例
事件名 食糧管理法違反
事件番号 昭和23(れ)205
昭和23年9月29日
判例集 刑集第2巻10号1235頁
裁判要旨
憲法第二五條第一項は、すべての國民が健康で文化的な最低限度の生活を營み得るよう國政を運營すべきことを國家の責務として宣言したものである。すなわち國民は、國民一般に對して概括的にかかる責務を負擔しこれを國政上の任務としたのであるけれども、個々の國民に對して具體的にかかる義務を有するものではない。されば、上告人が、右憲法の規定から直接に現實的な生活權が保障せられ、不足食糧の購入運搬は生活權の行使であるから、これを違法なりとする食糧管理法の規定は憲法違反であると論ずるのは、同條の誤解に基く論旨であつて採用することを得ない。同法は、國民全般の福祉のため、能う限りその生活條件を安定せしめるための法律であつて、まさに憲法第二五條の趣旨に適合する立法であると言わなければならない。されば、同法を捉えて違憲無効であるとすると論旨は、この點においても誤りであることが明らかである。
大法廷
裁判長 塚崎直義
陪席裁判官 長谷川太一郎 沢田竹治郎 霜山精一 井上登 栗山茂 真野毅 小谷勝重 島保 齋藤悠輔 藤田八郎 岩松三郎 河村又介庄野理一は退官につき合議に関与しない。)
意見
多数意見 塚崎直義[注釈 1] 長谷川太一郎 霜山精一 真野毅 小谷勝重 島保 藤田八郎 岩松三郎 河村又介
意見
  1. 沢田竹治郎
  2. 井上登
  3. 栗山茂
  4. 齋藤悠輔
反対意見 なし
参照法条
憲法第25条第1項、食糧管理法第9条、食糧管理法第31条、食糧管理法施行令第11条ノ5、食糧管理法施行規則第23条ノ7
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終戦直後の食料不足の折、食糧管理法に基づく許可なく白米1斗、玄米2升を購入し運搬した被告人が、同法違反で検挙、起訴された事案。以下の2点が争点とされた[1]

  1. 憲法25条1項は具体的・現実的に生活権を保障するものであるか
  2. 食糧管理法は憲法25条の趣旨に適合するか

最高裁は以下のように判示して被告人の上告を棄却した。憲法25条がいわゆるプログラム規定であるとの解釈を示したものと解されている[2]

国家は,国民一般に対して概括的にかかる責務[注釈 2]を負担しこれを国政上の任務としたのであるけれども,個々の国民に対して具体的,現実的にかかる義務を有するのではない。 — 最大判昭和23年9月29日 判決理由

生存権に関する最初の最高裁判決であり[3]、同じく生存権が問題となった朝日訴訟最高裁判決等でも引用された重要判例である[4]

本件は生存権の判例を形成するには不適当な性質の事案であったと評されている。すなわち、食糧管理法は、戦時中から終戦直後期に至るまでの絶対的な食糧不足の中、貧富の不公正がある中で貧者を救済するために立法されたものであったうえ、運用においても相当な配慮がなされ、自己や家族の生存のためにやむを得ず違法行為に手を染めたような事案が起訴された例は最高裁判所裁判官には観測されないような状況にあった。このような状況を踏まえれば、本件の実態は真に生存権の保障を必要とする状況にない「闇屋」の事案といえるものであり、裁判官らが真剣に生存権に配慮しなかったとしても致し方ないとも評しうるというのである[5]

換言すれば、本判例は、社会的立法が整わず、生存権が国民個人の権利としては確立していない時期のものであったともいえる[6]

違憲審査権に関する判例(最高裁判所昭和25年2月1日大法廷判決)[編集]

最高裁判所判例
事件名 食糧管理法違反
事件番号 昭和23(れ)141
昭和25年2月1日
判例集 刑集第4巻2号73頁
裁判要旨
  1.  (略)
  2.  憲法は國の最高法規であつてその條規に反する法律命令等はその効力を有せず、裁判官は憲法及び法律に拘束せられ、また憲法を尊重し擁護する義務を負うことは憲法の明定するところである。從つて、裁判官が、具体的訴訟事件に法令を適用するに當り、その法令が憲法に適合するか否かを判斷することは、憲法によつて裁判官に課せられた職務と職權であつて、このことは最高裁判所の裁判官であると下級裁判所の裁判官であることを問わない。憲法第八一條は、最高裁判所が違憲審査權を有する終審裁判所であることを明らかにした規定であつて下級裁判所が違憲審査權を有することを否定する趣旨をもつているものではない。それ故、原審が所論の憲法適否の判斷をしたことはもとより適法であるのみでなく、原審は憲法適否の判斷を受くるために最高裁判所に移送すべきであるとの所論は、全く獨斷と云うの外はない。
  3. (略)
  4. (略)
大法廷
裁判長 塚崎直義
陪席裁判官 長谷川太一郎 沢田竹治郎 霜山精一 井上登 栗山茂 真野毅 小谷勝重 島保 齋藤悠輔 藤田八郎 岩松三郎 河村又介庄野理一は退官につき合議に関与しない。)
意見
多数意見 塚崎直義 長谷川太一郎 霜山精一 井上登 真野毅 小谷勝重 島保 藤田八郎 岩松三郎 河村又介
意見
  1. 論旨第1点ないし第4点につき沢田竹治郎斎藤悠輔
  2. 論旨第4点につき栗山茂昭和23(れ)205事件における意見を援用)
反対意見 なし
参照法条
憲法第38条、憲法第11条、憲法第76条第3項、憲法第81条、憲法第98条第1項、ポツダム宣言第10号、食糧管理法第1条
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食糧管理法違反の公訴事実で起訴された被告人が、下級審で有罪判決を受け、その後東京高裁に上告するも棄却されたため、違憲立法審査権を有するのは最高裁のみであって、被告人が違憲の主張なしたにもかかわらず最高裁に移送せずに高等裁判所において判断した上告審判決は違憲であるとして再上告した事件。

最高裁は、下級裁判所の裁判官であっても違憲審査権を有し、最高裁に移送せず高等裁判所において上告審判決を下しても憲法に違反しないと判示した[7]

跳躍上告に関する判例(最高裁判所昭和23年12月1日大法廷判決)[編集]

跳躍上告に関する数少ない判例のひとつである[8]

被告人側が第一審判決に対し跳躍上告したが、最高裁は適法な跳躍上告理由に該当しないとした[8]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 裁判所ウェブサイト上の判決書PDF3頁では「塚田直義」と誤植されている。
  2. ^ すべての国民が健康で文化的な最低限度の生活を営み得ることを確保する責務をいう。

出典[編集]

  1. ^ 衆議院憲法調査会事務局『「社会保障と憲法」に関する基礎的資料 : 基本的人権の保障に関する調査小委員会(平成15年7月10日の参考資料)』(PDF)衆議院憲法調査会事務局、2003年7月10日、8頁。全国書誌番号:20623667https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_kenpou.nsf/html/kenpou/chosa/shukenshi034.pdf/$File/shukenshi034.pdf 
  2. ^ 渋谷秀樹 2017, p. 274.
  3. ^ 齋藤康輝 1996, p. 128.
  4. ^ 長谷川正安 1967, p. 62.
  5. ^ 長谷川正安 1967, pp. 62–63.
  6. ^ 長谷川正安 1967, pp. 63.
  7. ^ 衆議院憲法調査会事務局 (2000年5月). “憲法訴訟に関連する用語等の解説” (pdf). p. 15. 2021年9月5日閲覧。
  8. ^ a b 斎藤誠 2017, pp. 178–179, 200.

参考文献[編集]

関連項目[編集]