風林火山 (小説)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索

風林火山』(ふうりんかざん)は、井上靖の長編小説。1953年(昭和28年)10月から翌年12月にかけて『小説新潮』に15回にわたって連載された。単行本は1955年新潮社刊。同時期には並行して多くの連載や短編を手がけている。

1951年(昭和26年)に毎日新聞社を退社して作家生活に入った井上の初期の中編で、『甲陽軍鑑』に拠る甲斐国武田信玄に仕えた軍師である山本勘助を描く歴史小説である。勘助の存在は1969年(昭和44年)に『市河文書』の発見で確認されるが、それまでは伝説的人物として存在が疑問視されており、井上靖自身も史実性を疑っている。

創作ノートなど作品に関する文学資料は神奈川近代文学館に所蔵されている。

あらすじ[編集]

参州牛窪出身の浪人山本勘助は駿河今川家への士官を望んでいたが容れられず、今川家臣の庵原家に奇遇していた。勘助は甲斐武田家への士官を望み、同じく浪人の青木大膳に武田家臣板垣駿河守を襲撃させ、板垣を助けると同時に大膳をも始末し、武田家士官の糸口をつかんだ。

武田家中においては宿老甘利備前守など勘助を疎むものもいたが、父信虎を追放した青年国主晴信(信玄)に重用され、まもなく行われた諏訪侵攻に際しては諏訪領主諏訪頼重との和睦を進言し、さらに晴信の意中を察して頼重を謀殺する。諏訪平定に際して乗り込んだ高島城では頼重の娘由布姫[1]と出会う。自害を拒む気丈さに打たれた勘助は姫を助け、武田と諏訪の宥和のため姫を晴信の側室にする。やがて晴信と姫の間には四郎(勝頼)が生まれ、勘助は自らが心から仕える晴信と姫のため、信濃攻略に専念する。

やがて姫は病死し、信濃攻略において武田は村上義清を駆逐して越後の上杉謙信と対峙する。勘助は密かに勝頼を次期当主とすることを望みつつ、川中島の戦いが近づいてくる。

映像化作品[編集]

映画[編集]

三船敏郎主演で1969年に映画化された。

テレビドラマ[編集]

1992年12月31日、日本テレビ系列の年末大型時代劇スペシャル第8弾として、里見浩太朗主演で放送されている。テレビ朝日も開局年である1959年に原保美、1969年に東野英治郎主演で連続ドラマとして、2006年1月8日の時代劇スペシャルとして北大路欣也主演で放映した。さらに2007年放送の、NHK大河ドラマ風林火山』の原作となっている。ただ、大河ドラマ版は過去に複数回にわたって映像化されていたことに加え、原作執筆時との歴史観の相違もあってか、原作に忠実ではない。また原作にオリジナルストーリーを加えているわけでもなく、むしろオリジナルストーリーに原作の要素を取り入れる形で作られている。

備考[編集]

この小説では、上田原の戦いと砥石崩れの順番が逆に描かれている。2007年の大河ドラマではそれが訂正されている。

脚注[編集]

  1. ^ 「由布姫」は武田信玄の側室諏訪御料人に相当するが、実名は不明。井上靖は本作の執筆を大分県湯布院で行っており、井上靖と親交のあった新田次郎の証言に拠れば、作中における仮名はそれに由来するという(平山優「山本勘助論」『山梨学院生涯学習センター研究報告(やまなし学シリーズ⑤)第22集』)。