統合全領域指揮統制

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統合全領域指揮統制(統合全ドメイン指揮統制、結合全ドメイン指揮統制とも: 英語: Joint All-Domain Command and Control, JADC2)は、アメリカ国防総省とJAICが2030年に向けて戦術や戦闘方式に革命を起こすために構築と導入を進めている、「人工知能5Gネットワークを使用した軍事システム」および「戦況分析~戦術策定システム」に関するコンセプトである[1][2][3][4]。陸、海、空のみならず宇宙やサイバー空間、電磁波妨害までを包括する軍事的な防衛システムを目指している。[5]

多領域作戦(MDO)

自律型致死兵器システムと強く関係する。DARPAやパランティアが開発に深く関わっている。IT企業との契約終了時期は2028年6月になる。[6]

これらの取り組みは「ADA Initiative」(AI and Data Acceleration)を含んだ「JWCC」(Joint Warfighter Cloud Capability)というプロジェクトの中に含まれている。

開発に至る経緯[編集]

従来までは、運用を支えるITシステムが軍種ごとに構築され、情報通信の互換性がなく、かつ状況の分析から戦術策定~命令実行まで数日間を要していた。しかしこれでは将来予想される戦いの速度、複雑さ、兵器の性能には対応できないという問題が指摘されている。これらの問題を解決する次世代のシステムを、国防総省や国防情報システム局と巨大IT企業、軍需産業と共同で開発しようとしている。

米国防総省は、2017年からJEDIと呼ばれる同省のデータをクラウドで一元管理するクラウド事業で「互換性のあるネットワーク機能」を実現できるシステムを構築しようとしていた。

2019年12月から、JADC2の小規模なプロトタイプを構築し、巡航ミサイルによる脅威に対処するシミュレーション実験がフロリダで行われた。[7]

2021年、JEDIはJWCCに改名される。[8]

システムの構成と機能[編集]

米軍統合部隊が各部隊の情報、監視及び偵察情報を共有し、意思決定の迅速化及び最適化を図るための低遅延なネットワークを構築する要件となっている。空軍、陸軍、海兵隊、海軍および宇宙軍の全ての軍種のセンサーをJADC2内のネットワークに接続する。最高機密であるJWICS (共同世界情報通信システム)とも接続する。

具体的には、空軍が所有するF-35XQ-58AMQ-9B21等の無人戦闘爆撃機や電子戦機RQ-4などの無人偵察機、陸軍が所有する地対空ミサイル防空システム及び移動式戦車、ドローン侵入検知システム[9]、地上のロボット兵、海軍が所有するイージス艦や無人巡視船や情報収集艦、宇宙軍が所有する合成開口レーダー及び通信衛星、偵察衛星(NROL-22)等をネットワークに接続する。地上のレーダー施設ADS–B受信設備とも接続する。

さらにAIを用いて敵国の行動予測、偵察活動の自動化を実現し、5Gや衛星通信を利用して戦闘地域からのリアルタイム情報伝達を可能にする。AIを利用して戦術策定、戦闘計画の自動生成も行う。

基幹システムとして、Amazonが提供するAWSや、MicrosoftのAzure、GoogleのGCPといったクラウドを採用する。[10]またパランティアのデータマイニング技術も使用する。[11]航空機の開発を主導するボーイングやロッキードマーティン等は機体をJADC2に対応させる作業を行う。[12]AT&Tや富士通,Intelといった企業は5Gシステムの構築を支援する。[13]陸海空宇宙をつなぐ通信ハードウェアはL3Harris Technologiesが開発を主導する。[14]

アメリカ国家安全保障局国防情報局は、このネットワーク全体の暗号化技術やセキュリティー技術導入に全面的に協力する。

DARPAは味方のミサイル、砲撃、有人および無人航空機の衝突を回避すること実現する、「自動飛行経路計画ソフトウェア」を開発する。[15]

各機関のエッジAIシステム[編集]

2015年に国防総省はDefense Innovation Unit(DIU)を設立。民間側で開発が急激に進むAI技術などを軍事に取り込むことをミッションとする。[16]

アメリカ宇宙軍は「Machina(マキナ)」という宇宙空間(大気圏外)を監視するシステムのプロトタイプを開発中である。マキナはグローバルな望遠鏡ネットワークで毎晩数千ものデータを収集・調整し、宇宙空間にある4万以上の物体を自律的に監視できる。[17] 天体力学と物理学のデータセットを瞬時に利用し、未確認の人工衛星や隕石を見分け軌道を予測する。その他レーダーデータを利用し、差し迫った敵のミサイル発射を精度よく検知するための機械学習システムを開発中であるという。米宇宙軍と米国ミサイル防衛局は、極超音速飛行物体や弾道ミサイルなどを地球中軌道から探知することができる衛星を開発し打ち上げている。[18]また、米国防総省や偵察局は民間宇宙産業のSpaceXと協業し、軍事用の衛星インターネットや偵察を実現する専用衛星を打ち上げる計画を推進している。

2017年以降、アメリカ国家地理空間情報局は、テロ組織を監視するためドローンからの映像をAIで自動分析する「Project Maven」というプロジェクトをスタートしている。この計画の初期ではGoogleのTensorFlowが用いられていることが判明し、Google社内で従業員からの批判が挙がった。

米陸軍戦術指揮統制通信プログラム事務局(PEO C3T)は、陸軍のシステム脆弱性評価およびサイバーセキュリティを強化するため、Rebellion Defenseのシステムを導入。[19]

自律型ドローンの新興企業であるShield AIは、Heron Systemsといった空中戦闘自動化プログラムを開発する企業を買収する。アメリカ空軍特殊作戦コマンドはShield AIのソフトウェアを導入する契約を締結した。[20]

米国税関・国境警備局はテキサス州とカリフォルニア州の南部国境の一部を監視するため、Andurilが設計開発するセンサータワーを設置する契約を締結。[21]

日本との連携[編集]

日本の政府組織である防衛省や自衛隊は、2023年度以降、陸海空3部隊の運用や作戦情報を一元集約する「中央クラウド」の整備を始めている。陸海空がそれぞれ個別のシステムで指揮統制に関する情報などを管理する現行の体制を改める目的で進めている。[22]

中央クラウドは、情報を集約し各部隊や装備の状況を管理・把握するシステムとする。また専用回線で米軍との情報共有を行いやすくするようにする。

防衛省は、NTTが開発を進めている6G向け光半導体+光ネットワーク技術である「IWON」を、機器の通信に利用できないか調査を進めている。[23]またNTTは、JAXAと共同で空域での通信領域拡大を目指して衛星通信と成層圏プラットフォームの研究開発を始めている。[24]

2023年12月22日、防衛省と米国防総省は協調自律型の無人航空機を共同開発する協定を締結した。[25]

2023年12月5日、日本は米英らが2014に発足した「連合宇宙作戦イニシアチブ(CSpO)」に加入した。[26]敵国が運用しているであろう不審な衛星への監視と情報共有を、8ヶ国のグループで強化していく多国間枠組みである。

同盟国との連携[編集]

アメリカの同盟国であるイギリスは、統合全領域指揮統制との連携ができるよう準備を進めている。

イギリス国防総省はパランティアのシステムを導入する契約を締結した。[27]またBAEシステムズと日本の三菱重工が開発する無人戦闘機や、オーストラリアのTrusted Autonomous SystemsはBAEシステムズのソフトウェア部門と協業し、自律的に陸軍向け地上車両の操作を可能とする無人地上車両(UGV)の共同開発を行っている。[28]

2024年4月8日、米国、英国、オーストラリアの3ヵ国で構成される安全保障の枠組み「AUKUS」の共同議論において、先端防衛技術分野を巡って日本との協力を検討すると表明した。[29]自律型兵器や海中能力、人工知能、サイバー、電子戦などの領域で日本の技術を活用できないか検討を進める。米国は、日本のロボット技術などを高く評価し、特に海中での自律型兵器の開発などを巡る参加に期待しているという。

アメリカやイギリスでは2020年以降、機密情報共有の枠組みであるファイブアイズに日本やドイツを参加させることに効果があるかどうか検討を進めている。[30]

脚注[編集]

出典[編集]

  1. ^ 原野 2023.
  2. ^ 森 2022.
  3. ^ 牧野 2023.
  4. ^ (英語) Joint All Domain Command and Control for Modern Warfare: An Analytic Framework for Identifying and Developing Artificial Intelligence Applications. https://apps.dtic.mil/sti/citations/AD1106119. 
  5. ^ 統合全領域作戦に関する一考察”. 防衛省(日本政府) 航空研究センター防衛戦略研究室. 2024年4月8日閲覧。
  6. ^ 米国防総省、クラウド構築事業でAWSなど大手4社と契約--90億ドル規模”. ZDNET Japan (2022年12月9日). 2023年8月30日閲覧。
  7. ^ Joint All-Domain Command and Control (JADC2)”. Federation of American Scientists. 2023年1月30日閲覧。
  8. ^ 株式会社インプレス (2021年7月19日). “【海外ITトピックス】 国防総省のJEDIが中止に 後継プロジェクト「JWCC」とは”. クラウド Watch. 2023年8月30日閲覧。
  9. ^ Anduril”. www.anduril.com. 2023年5月5日閲覧。
  10. ^ Microsoft continues commitment to US Department of Defense with JWCC selection” (英語). The Official Microsoft Blog (2022年12月8日). 2023年5月5日閲覧。
  11. ^ JADC2”. Palantir Technologies. 2023年5月5日閲覧。
  12. ^ Joint All-Domain Command and Control”. www.boeing.com. 2023年5月5日閲覧。
  13. ^ Northrop Grumman, AT&T and Fujitsu Demonstrate New 5G-powered Open Architecture Capabilities to Support Joint Force” (英語). Northrop Grumman Newsroom. 2023年5月5日閲覧。
  14. ^ L3Harris to Develop US Air Force Common Tactical Edge Network | L3Harris® Fast. Forward.” (英語). www.l3harris.com. 2023年5月5日閲覧。
  15. ^ DARPA, Services Demonstrate Battlefield Airspace Deconfliction Software”. Defense Advanced Research Projects Agency.. 2021年2月1日閲覧。
  16. ^ 日経クロステック(xTECH) (2023年6月19日). “AI活用の自動化技術で戦場を無人化、軍民技術融合がウクライナ戦争で顕著に”. 日経クロステック(xTECH). 2023年11月27日閲覧。
  17. ^ AP (2023年11月26日). “Pentagon’s AI Initiatives Accelerate Hard Decisions on Lethal Autonomous Weapons” (英語). japannews.yomiuri.co.jp. 2023年11月27日閲覧。
  18. ^ 地球中軌道から極超音速ミサイルを追尾–米宇宙軍がL3Harrisと契約”. UchuBiz (2023年6月7日). 2024年3月5日閲覧。
  19. ^ Media, OpenSystems. “Cybersecurity services to be provided to U.S. Army by Rebellion Defense - Military Embedded Systems” (英語). militaryembedded.com. 2023年11月27日閲覧。
  20. ^ AI, Shield. “Shield AI awarded max AFWERX STRATFI contract focused on operational, intelligent swarming aircraft and eVTOL autonomy” (英語). www.prnewswire.com. 2023年11月27日閲覧。
  21. ^ Robertson, Adi (2020年7月2日). “Palmer Luckey’s surveillance startup Anduril signs contract for ‘virtual border wall’” (英語). The Verge. 2023年11月27日閲覧。
  22. ^ 自衛隊、陸海空の情報システム統一 統合運用へ段階的に”. 日本経済新聞 (2023年3月2日). 2024年2月1日閲覧。
  23. ^ 防衛費、過去最大7.7兆円 24年度予算要求で防衛省調整”. 日本経済新聞 (2023年8月21日). 2024年2月1日閲覧。
  24. ^ 宇宙統合コンピューティング・ネットワークの取り組み概要”. NTT技術ジャーナル. 2024年2月1日閲覧。
  25. ^ Japan MoD, US DoD sign joint agreement for AI, UAS research” (英語). Air Force (2023年12月22日). 2024年2月1日閲覧。
  26. ^ 連合宇宙作戦(CSpO)イニシアチブへの参加について”. 日本政府 防衛省. 2024年2月8日閲覧。
  27. ^ Palantir lands 75 million pound deal with British military”. ロイター. 2024年4月9日閲覧。
  28. ^ BAE and TAS develop AI system - Australian Defence Magazine” (英語). www.australiandefence.com.au. 2024年4月9日閲覧。
  29. ^ 「オーカス」米英豪が共同声明、防衛技術で「日本との協力を検討」…ロボット分野など高く評価”. 読売新聞オンライン (2024年4月9日). 2024年4月9日閲覧。
  30. ^ 한겨레. “米国、情報同盟に韓国・日本を追加…下院軍事委員会で議決”. japan.hani.co.kr. 2024年4月9日閲覧。

参考文献[編集]

関連項目[編集]