第25軍 (日本軍)

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第25軍
創設 1941年昭和16年)7月5日
廃止 1945年(昭和20年)
所属政体 Flag of Japan.svg大日本帝国
所属組織 大日本帝国陸軍
部隊編制単位
所在地 マレー半島-スマトラ島
通称号/略称
上級単位 大本営-南方軍
最終上級単位 第7方面軍
最終位置 スマトラ プキチンギ
主な戦歴 第二次世界大戦
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第25軍(だいにじゅうごぐん)は、大日本帝国陸軍の一つ。

沿革[編集]

太平洋戦争開戦前の1941年(昭和16年)7月5日戦闘序列下令となり、大本営戦闘序列に編入された。同年11月6日南方軍戦闘序列に編入され、12月8日の開戦から翌1942年(昭和17年)1月31日にかけてのマレー作戦などを担当した。

その後、1944年(昭和19年)3月22日に新設された第7方面軍戦闘序列に編入されスマトラ島のプキチンギで終戦を迎えた。

軍概要[編集]

歴代司令官[編集]

  • 飯田祥二郎 中将:1941年(昭和16年)6月28日 - 1941年(昭和16年)11月6日
  • 山下奉文 中将:1941年(昭和16年)11月6日 - 1942年(昭和17年)7月1日
  • 斎藤弥平太 中将:1942年(昭和17年)7月1日 - 1943年(昭和18年)4月8日
  • 田辺盛武 中将:1943年(昭和18年)4月8日 - 終戦

歴代参謀長[編集]

  • 諌山春樹 少将:1941年(昭和16年)6月28日 - 1941年(昭和16年)11月6日
  • 鈴木宗作 中将:1941年(昭和16年)11月6日 - 1942年(昭和17年)10月7日
  • 西大条胖 少将:1942年(昭和17年)10月7日 - 1943年(昭和18年)10月14日
  • 谷萩那華雄 少将:1943年(昭和18年)10月14日 - 終戦

歴代参謀副長[編集]

  • 長勇 大佐:1941年(昭和16年)6月28日 - 1941年(昭和16年)11月6日
  • 馬奈木敬信 少将:1941年(昭和16年)11月6日 - 1942年(昭和17年)7月14日
  • 渡辺渡 大佐:1942年(昭和17年)7月14日 - 1943年(昭和18年)8月31日
  • 岩畔豪雄 少将:1943年(昭和18年)8月31日 - 1944年(昭和19年)1月7日
  • 志村文雄 大佐:1944年(昭和19年)1月7日 - 1944年(昭和19年)7月21日
  • 浜田弘 少将:1944年(昭和19年)7月21日 - 終戦/(軍政監部総務部長を兼ねる)

司令部構成[編集]

太平洋戦争開戦時
  • 司令官:山下奉文中将
  • 参謀長:鈴木宗作中将
    • 参謀副長:馬奈木敬信少将


終戦時
  • 司令官:田辺盛武中将
  • 参謀長:谷萩那華雄少将
    • 参謀副長:浜田弘少将
    • 高級参謀:山口英治中佐
    • 作戦参謀:佐伯語作中佐
    • 作戦参謀:戸嶋石根中佐
    • 後方参謀:砂川秀央少佐
    • 後方参謀:池田弘少佐
  • 軍政監部総務部長:浜田弘少将
  • 高級副官:山下敏三中佐
  • 兵器部長:早川方良大佐
  • 経理部長:山本省三主計少将
  • 軍医部長:深谷鉄夫軍医大佐
  • 法務部長:時津秀男法務少佐

所属部隊[編集]

太平洋戦争開戦時
終戦時
  • 近衛第2師団
  • 独立混成第25旅団
  • パレンバン防衛司令部
    • 高射砲第101連隊:山県諒大佐
    • 高射砲第102連隊:二宮精一大佐
    • 高射砲第103連隊:古荘武雄大佐
    • 機関砲第101大隊:鈴浦勇少佐
    • パレンバン警備隊:小林勇少佐
  • パンカランブランダン防衛隊:山本道義大佐
    • 高射砲第104連隊:花岡美三少佐
    • 機関砲第102大隊:桜庭徹郎少佐
  • 陸軍病院
    • 南方第9(パレンバン):鈴木赳夫軍医大佐
    • 南方第10:伊藤半六軍医中佐
    • 南方第17:尾坂政男軍医中佐
兵站部隊
  • 第25軍憲兵隊:平野豊次少将
  • 電信第1連隊:上田稔中佐(最終位置:パレンバン)
  • 第15野戦輸送司令部:折田義一大佐
    • 独立自動車第57大隊
    • 特設自動車第15大隊
  • 第47兵站警備隊
  • 第94兵站警備隊
  • 第12防疫給水部:鈴木啓之軍医中佐
第25軍補給廠
  • 第25軍野戦兵器廠:梅津直四郎中佐
  • 第25軍野戦自動車廠:小山修三大佐
  • 第25軍野戦貨物廠:河田和夫主計中佐

関連項目[編集]