皮日休

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皮日休
プロフィール
出生: 830年代
死去: 883年
出身地: 湖北省襄陽市
職業: 詩人、学者
各種表記
繁体字 皮日休
簡体字 皮日休
拼音 Pí Rìxiū
注音符号 ㄆㄧˊ ㄖˋㄒㄧㄡ
和名表記: ひ じつきゅう
発音転記: ピー リーシウ
ラテン字 P'i2 Jih4hsiu1
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皮 日休(ひ じつきゅう 830年代 - 883年)は、中国代の詩人、革命的社会派の学者である。襄陽(現在の湖北省襄陽市)出身。字は襲美、号は閑気布衣、鹿門子、醉吟先生、醉士。友人に、同年代の詩人である陸亀蒙(陸龜蒙)がおり、二人を合わせて皮陸と呼ぶことがある。

略歴[編集]

生まれは貧しい家だったが、咸通8年(867年)に彼は進士に及第し、咸通10年869年蘇州の治安判事になり、著作郎、太常博士などを歴任した。この頃は、故郷に近い鹿門山に籠居し、酒と詩を友とする生活を送っていた。しかし、黄巣軍が首都長安を占拠すると、その政府に入って翰林学士となったが、後に疑われて殺された。

異説[編集]

呉越国の皮子良墓志銘[1]には、皮子良の先祖である皮日休は、黄巣の乱を逃れて会稽に移り、太常博士に任じられて死後に礼部尚書を贈られた、と誌されている。

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  1. ^ 尹洙 「大理寺丞皮子良墓志銘」

関連項目[編集]

外部リンク[編集]