滑川市立東加積小学校

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滑川市立東加積小学校
滑川市立東加積小学校
地図北緯36度44分43.692秒 東経137度23分42.864秒 / 北緯36.74547000度 東経137.39524000度 / 36.74547000; 137.39524000座標: 北緯36度44分43.692秒 東経137度23分42.864秒 / 北緯36.74547000度 東経137.39524000度 / 36.74547000; 137.39524000
国公私立の別 公立学校
設置者 滑川市
設立年月日 1898年
共学・別学 男女共学
学期 3学期制
学校コード B116220600050 ウィキデータを編集
所在地 936-0833
富山県滑川市大崎野45番地[1]
外部リンク 公式サイト
ウィキポータル 教育
ウィキプロジェクト 学校
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滑川市立東加積小学校の位置(富山県内)
滑川市立東加積小学校

滑川市立東加積小学校(なめりかわしりつ ひがしかづみしょうがっこう)は富山県滑川市にある公立小学校

沿革[編集]

個別に出典が提示されている箇所以外の出典→[2]

  • 1873年 - 西光寺に直亮小学校開校。
  • 1874年 - 東金屋に克明小学校開校。
  • 1892年 - 直亮小学校を大崎野小学校に、克明小学校を東金屋小学校にそれぞれ改称。
  • 1898年 - 両校統合し東加積小学校創立。
  • 1902年 - 箕輪分教場設立。
  • 1913年12月[3]から1914年の間 - 大崎野208-1に新築。
  • 1926年 - 東加積尋常高等小学校。
  • 1941年 - 東加積国民学校に改称。
  • 1947年 - 東加積村立東加積小学校に改称。
  • 1948年 - PTA創立。
  • 1953年 - 滑川町立東加積小学校に改称、校歌制定。
  • 1954年 - 滑川市市制に伴い、現校名に改称。
  • 1955年8月12日 - 木造2階建1棟339坪、鉄筋コンクリート造昇降口1棟15坪、便所木造1棟21坪の校舎が完成し、祝賀式を挙行[4]
  • 1985年6月 - 新校舎が2ヶ年継続事業として着工[5]
  • 1986年
    • 夏休み期間 - 校舎完成に先立ち25m6コースのプールが竣工。一般開放される[5]
    • 9月6日[6] - 大崎野45(旧校舎から南へ400m地点、富山湾立山連峰を一望出来る大崎野の高台)に新校舎、新体育館、運動場完成。竣工式、新築記念式典、記念事業挙行(なお、新校舎での授業は2学期より開始している)[5]
  • 1989年 - 富山県愛鳥モデル校に指定。
  • 2002年 - 東加積小学校区全域が滑川市立早月中学校区となり、卒業生全員が早月中学校に入学。
  • 2011年 - 特別支援学級「あおぞら級」開級。

校舎概要[編集]

敷地面積18,000m2の場所に鉄筋3階建て延床面積2,256m2の校舎、鉄筋2階建て延床面積868m2の計3,124m2が建設されている。校舎内部は普通、特別各6教室あり、体育館はステージ、更衣室付きでランチルームを備えている[5]。校舎のシンボルの壁画は、京都市立芸術大学講師(完成当時)の橋本文良(滑川市田中新町出身)の原画に基づく知・徳・体を表した陶板の壁画である[7]。また、廊下を広くとりカラフルな絨毯を敷いたワークスペースは、ゆとりある学習を考えた教室の一部としての機能も果たしている[7]

通学区域[編集]

大崎野、下大浦、上大浦、道寺、野尻、大日、室山、千鳥、中野、下野、東福寺開、開、改養寺、東金屋、森野新、蓑輪[8]

進学先[編集]

周辺[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 滑川市立学校設置条例 第1条
  2. ^ 沿革の概要(滑川市立東加積小学校、2023年8月27日閲覧)
  3. ^ 『滑川市史 通史編』(1985年12月25日、滑川市発行)468頁
  4. ^ 『広報なめりかわ』第22号(1955年9月1日、滑川市役所発行)2頁『装も美しく近代的設備に恵れた 東加積小学校舎完成』より。
  5. ^ a b c d 『広報なめりかわ』第402号(1986年10月1日、滑川市役所発行)2頁『東加積小待望の新校舎完成 二学期から授業を開始!』より。
  6. ^ 『滑川市制五十周年記念誌 眼でみる滑川五十年のあゆみ』(2003年11月1日、滑川市総務部企画情報課発行)59頁。
  7. ^ a b 『広報なめりかわ』第402号(1986年10月1日、滑川市役所発行)3頁より。
  8. ^ 滑川市立小中学校の通学区域の設定に関する規則 別表

外部リンク[編集]