柳家喬之助

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柳家 喬之助(やなぎや きょうのすけ)は、落語家

  • 橘家?(亭号不明) 喬之助 - 橘家小圓喬(立岩 栄吉、4代目橘家圓喬の実の子。)
  • この前後にもう一人ずついる模様がつまびらかならず。
  • 橘家(のち立花家) 喬之助(1884年? - 昭和10年代) - 出身は東京1895年頃4代目圓喬の門に入り清元を得意とし子供の芸人として高座に上がる。一時4代目圓喬の養女になる。俗に「チンクシャ」といわれ御面相とは雲泥の美声で人気を取った。明治末には上方に行き女道楽で高座に上がるようになる。最晩年は高座には上がらず下座となる。戦前まで活動していた模様。女性(畑中ます)

柳家 喬之助(やなぎや きょうのすけ、1971年3月4日 - )は埼玉県所沢市出身の落語協会所属の落語家。本名は加賀谷 宗一(かがや むねかず)。出囃子は『絵島生島』。明海大学経済学部中退。

なお、過去には橘家の家号を使った喬之助が2人ほど確認されている。

[編集] 受賞

  • 北とぴあ若手落語家競演会 奨励賞

[編集] 出典

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