朴斗翼
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| 名前 | ||||
| カタカナ | パク・ドゥイク | |||
| ラテン文字 | Pak Doo-Ik | |||
| 朝鮮語 | 박두익 | |||
| 基本情報 | ||||
| 国籍 | ||||
| 生年月日 | 1942年3月17日(69歳) | |||
| 出身地 | 平壌 | |||
| 選手情報 | ||||
| ポジション | FW | |||
| 代表歴 | ||||
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朴 斗翼(パク・ドゥイク、박두익、1942年3月17日 - )は、朝鮮民主主義人民共和国出身のサッカー選手、サッカー指導者である。ポジションはフォワード。1966年FIFAワールドカップの朝鮮民主主義人民共和国代表メンバー。
目次 |
[編集] 来歴・人物
1966年にイングランドで開催された1966年FIFAワールドカップの代表に選ばれ、全4試合に出場した。優勝候補の一角と目されていたグループリーグ最終戦のイタリアとの試合で決勝ゴールを決めて1-0と勝利し、決勝トーナメント進出に貢献した。この結果はワールドカップ史上最大の番狂わせと報道された。
1976年のモントリオールオリンピックでは代表監督を務めた。[1]
2008年4月28日に平壌で行われた北京オリンピックの聖火リレーの第一走者も務めた。
[編集] トリビア
- 因みに朴がイタリア戦で決めたゴールはW杯700ゴール目というメモリアルゴールだった。
- 現役時代の彼の職業は歯医者だったという都市伝説がある。
[編集] 脚注
[編集] 外部リンク
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