姫始め

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索

姫始め(ひめはじめ)とは、頒暦(はんれき)の正月に記された暦注の一。正月に軟らかく炊いた飯(=姫飯(ひめいい))を食べ始める日とも、「飛馬始め」で馬の乗り初めの日とも、「姫糊始め」の意で女が洗濯や洗い張りを始める日ともいわれる。

1月2日行事であるが、由来は諸説あってはっきりしておらず、本来は何をする行事であったのかも判っていない。一般には、その年になって初めて夫妻などがセックスすることと考えられている。

かつての仮名暦の正月の初めに「ひめはじめ」とあったのが、その解釈をめぐって多くの説が生じたものである。真名暦には「火水始」とあった。卜部家の秘説があるといわれた。

最も有力な説は、正月の強飯(こわいい。蒸した固い。別名「おこわ」)から、初めて姫飯(ひめいい。柔らかい飯)を食べる日というものである。昔は、の間には強飯を食べ、祭が終わると姫飯を食べていた。

『和名抄』(『和名類聚抄』)では「糄𥻨」をヒメと訓じ、「非米非粥之義」(は返り点)と注されているから、飯のことであると解されている。上代の飯は強飯で(上述)、姫飯はより水分の多いやわらかなものであるが、一方で、粥はシルカユと訓むから、糄「米索」はそれよりも濃い粥であるという。一説に、「非米」の音でヒメという、という。『資益王記』[1]に、正月1日の諸社遙拝のあとに、次看経、次御コワ、次比目始とあるのが、すなわちこれであり、『春曙抄』に「飯の類なり、米は蓬莱台に始り、粥は七種に始まる。飯の始もまたあるべし、何ぞ馬乗始ありて飛馬始あらんや」といい、『東牖子』[2]に「いづれ暦の糄「米索」始は粥のくひはじめなるべし、元旦に雑煮を食し初めて、而して後にひめはじめあり」といい、後世の姫糊(ひめのり)にいうヒメも同じであるという。

また、藤原彦麿の随筆『傍廂[3]』(片ひさし)1巻[4]では、『和名抄』では「糄𥻨を比女とある」とし、「非米非粥之義」(は返り点)と注されているから、飯のことであると解されている。には、

「故師伊勢貞丈大人の云く、初春のひめはじめは、諸説まちまちなれど、皆とるに足らず、むかしより世俗のいひ来れる男女交合の始なり」
「親子兄弟の中にては、つつましさにさともえいはぬは、好色淫奔の心を恥づればなるべし、さる故に小ざかしき人は糄𥻨始なりといへり、和名抄に糄𥻨比女とあるは、衣につくる糊なり、誤りて食物と思へり、よしや常の飯にしても毎日くへば、何ぞ其始をいふべき、さればひめはじめは糄𥻨にも姫にも飛馬にもかかはる事にあらず」[5]

とある。その伊勢貞丈は『安斉随筆』で、姫はじめに関する後人の諸説は「みな出所なき推量なり」としているから、事実ははやくにすたれ、暦の上にのみ残ったものであるとされる。

他には以下のような説がある。

  • 飛馬(ひめ)始め - 乗馬初めの日。『梁塵秘抄』の用字であるといい、しかし別に「馬乗始」があるから当たらないとしりぞけられる。
  • 火水(ひめ)始め - を初めて使う日。
  • 女伎(ひめ)始め - 衣服を縫い始める日。
  • 秘め始め - 夫婦が初めて秘め事をする日。
  • 姫糊始め - 女性が洗濯・張物を始める日。
  • 日見始め - 『理斉随筆』の説。

[編集]

  1. ^ 資益王記 / 白川資益 撰:早稲田大学図書館古典籍総合データベース
  2. ^ 東牖子 - Google ブックス
  3. ^ 傍廂 巻之1-3 藤原彦麿 随筆:早稲田大学図書館古典籍総合データベース
  4. ^ 傍廂 1巻:早稲田大学図書館古典籍総合データベース
  5. ^ 該当記述:早稲田大学図書館古典籍総合データベース