十分な生活水準への権利

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十分な生活水準への権利(じゅうぶんなせいかつすいじゅんへのけんり)は、人間が生活を営むのに最低限の衣食住への権利を保障するものとして、人権関連条約などの国際文書に人権として定められている。1948年の世界人権宣言、そして1966年の経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(以下社会権規約)に規定された[1][2]

国際文書での定義[編集]

世界人権宣言第25条[編集]

ワシントンD.C.フランクリン・デラノ・ルーズベルト記念公園にある壁の彫刻。
"Freedom of speech"(表現の自由)
"Freedom of worship"(信教の自由)
"Freedom from want"(欠乏からの自由)
"Freedom from fear"(恐怖からの自由)

世界人権宣言に十分な生活水準への権利に関する文言が盛り込まれるにいたったきっかけは、1941年にアメリカ大統領フランクリン・ルーズベルトがいわゆる4つの自由英語版演説のなかで表現の自由信教の自由欠乏からの自由恐怖からの自由について述べたことであった[3]。この演説をもとにしてアメリカ法律協会英語版が起草した"Statement of Essential Human Rights"(「本質的人権に関する声明」の意)は、世界人権宣言に大きな影響を与えたといわれる[4]。この声明には十分な食糧、居住、社会保障、健康への権利が盛り込まれていた[5]。世界人権宣言第25条は十分な生活水準への権利について以下のように定める。

1. すべて人は、衣食住、医療及び必要な社会的施設等により、自己及び家族の健康及び福祉に十分な生活水準を保持する権利並びに失業、疾病、心身障害、配偶者の死亡、老齢その他不可抗力による生活不能の場合は、保障を受ける権利を有する。
2. 母と子とは、特別の保護及び援助を受ける権利を有する。すべての児童は、嫡出であると否とを問わず、同じ社会的保護を受ける。

世界人権宣言第25条

世界人権宣言では、十分な食料と栄養、衣類、居住、必要があれば保障を受けることができる最低限の権利として十分な生活水準への権利が定められた[6]。世界人権宣言は十分な生活水準への権利はその人の状況に応じて異なる対応が必要とし、十分な生活のために必要な環境下にない人は保障を受ける権利を有するとしており、世界人権宣言第25条は社会保障受給権英語版を定める同宣言第22条と密接に結びついたものである。世界人権宣言第25条は歴史的に差別の対象となってきた非嫡出子の権利も定めた[3]

社会権規約第11条[編集]

十分な生活水準への権利は1966年の社会権規約第11条にも定められた[2][6]。第11条は2つの項にわけられ、第1項では以下のように定められた。

1.この規約の締約国は、自己及びその家族のための相当な食糧、衣類及び住居を内容とする相当な生活水準についての並びに生活条件の不断の改善についてのすべての者の権利を認める。締約国は、この権利の実現を確保するために適当な措置をとり、このためには、自由な合意に基づく国際協力が極めて重要であることを認める。

社会権規約第11条第1項

十分な生活水準への権利として世界人権宣言に定められた医療や健康への権利は、社会権規約では第12条に定められた健康権として保障された[7]。母親に関する権利も家族の保護について定めた社会権規約第10条に規定された[8]。また社会権規約が起草された時期には栄養失調の問題が関心を集めていたことから、同規約の第11条には食糧に関する規定が別におかれた[1]。以下がその社会権規約第11条第2項である。

2.この規約の締約国は、すべての者が飢餓から免れる基本的な権利を有することを認め、個々に及び国際協力を通じて、次の目的のため、具体的な計画その他の必要な措置をとる。

(a) 技術的及び科学的知識を十分に利用することにより、栄養に関する原則についての知識を普及させることにより並びに天然資源の最も効果的な開発及び利用を達成するように農地制度を発展させ又は改革することにより、食糧の生産、保存及び分配の方法を改善すること。
(b) 食糧の輸入国及び輸出国の双方の問題に考慮を払い、需要との関連において世界の食糧の供給の衡平な分配を確保すること。

社会権規約第11条第2項

以上のように、社会権規約第11条には食糧の権利として知られる飢餓からの自由と、特に最低限の衣食住への権利を保障する十分な生活水準への権利という2つの権利が定められた[1]。社会権規約では、飢餓が起きないようにするために必要な措置を講じるなど、国家が十分な生活水準への権利実現のために適切に行動しなければならないことが明記されている[7]。また社会権規約は最低限の権利は国家によって保障されなければならないともしている。食糧の権利や居住の権利は1966年の社会権規約の後も発展していくが[9][10][11]、衣類の権利については必ずしも大きな注目や発展があったとは言い難い(#衣食住の権利参照)[12]

児童の権利に関する条約第27条[編集]

1989年の児童の権利に関する条約第27条は、身体的、精神的、道徳的、社会的な発達のため児童に十分な生活水準への権利を認め、そのために必要な生活条件の確保について親の義務を規定し締約国の援助についても定めた[13]。これにより特に栄養、衣類、居住に関して必要な場合、締約国は援助を提供しなければならない[14]。以下が児童の権利に関する条約第27条である。

1.締約国は、児童の身体的、精神的、道徳的及び社会的な発達のための相当な生活水準についてのすべての児童の権利を認める。
2.父母又は児童について責任を有する他の者は、自己の能力及び資力の範囲内で、児童の発達に必要な生活条件を確保することについての第一義的な責任を有する。
3.締約国は、国内事情に従い、かつ、その能力の範囲内で、1の権利の実現のため、父母及び児童について責任を有する他の者を援助するための適当な措置をとるものとし、また、必要な場合には、特に栄養、衣類及び住居に関して、物的援助及び支援計画を提供する。
4.締約国は、父母又は児童について金銭上の責任を有する他の者から、児童の扶養料を自国内で及び外国から、回収することを確保するためのすべての適当な措置をとる。特に、児童について金銭上の責任を有する者が児童と異なる国に居住している場合には、締約国は、国際協定への加入又は国際協定の締結及び他の適当な取決めの作成を促進する。

児童の権利に関する条約第27条

衣食住の権利[編集]

食糧の権利[編集]

食糧の権利英語版を国際的に初めて認めた1948年の世界人権宣言以降、これまで権利強化のために国際的な取り組みがなされてきた[10]。前述の通り第11条に食糧の権利を含む十分な生活水準への権利を規定した1966年の社会権規約は、締約国に対し加盟から2年以内、その後は5年ごとに国内での規約上の権利実現に関し社会権委員会に報告書の提出を義務付けたが、その第3会期で特別報告者に任命されたアスビョルン・ハイデ英語版は、社会権規約第11条で権利を保障される食糧は基本的にすべての人にとって必要で、充分でバランスが取れ栄養を満たし安全であることが必要で、文化的に受け入れられるもので、人間としての尊厳を損なわない形で入手できなければならないとした[15][16]。またこの会合で国際連合食糧農業機関(FAO)は、食糧の権利は生存権の一部をなす根底的な性格を有し、食糧の権利に関する国家の活動が個人の尊厳を傷つけるほどまでにひどいものであるのなら、個人が国を裁判所に訴える権利までを認めるべきと主張した[15][17]

住居の権利[編集]

住居の権利英語版プライバシー権に基礎づけられた権利であり、前述の通り1948年の世界人権宣言第25条、そして1966年の社会権規約第11条は住居の権利を含む充分な生活水準への権利を規定した[2]。1976年に開催された第1回人間居住会議では、住居を適切に人々に保障することが国家の義務であるとする「人間居住宣言」が採択された[11]。1991年に社会権委員会は一般意見4をまとめ、その中で住居の権利は単なる物理的な施設の権利にとどまらず、安全に、平和に、尊厳をもって住む権利であるとした[18]。この一般意見4では具体的に、継続的な居住の法的保障がなされること、照明や暖房などの施設が利用可能であること、建設費用や賃貸料が適正な額であること、雨風や病気を防ぎ居住可能であること、障害者や災害犠牲者にも利用可能であること、職場や学校など社会的施設へのアクセスが可能であること、を挙げた[18][19]。1996年に開催された第2回人間住居会議では、「住居は基本的人権の基礎である。各国政府は住居の権利を完全かつ前進的に実現する義務を負う。」とした「住居の権利宣言」が採択された[18]

衣類の権利[編集]

衣類の権利英語版は人間の健康や安全に密接に結びついた権利であり、前述のように1948年の世界人権宣言や1966年の社会権規約に規定されたが、食糧の権利や住居の権利と違い社会権委員会で議題となることもほとんどなく、国際的に大きな進展があったとは言い難い[12]

他の権利との関係[編集]

十分な生活水準への権利は社会権の一部として理解されていることから、世界人権宣言第26条や社会権規約第13条、第14条に規定される教育権、世界人権宣言第17条の財産権、世界人権宣言第23条や社会権規約第6条の勤労権、世界人権宣言第22条や社会権規約第25条の社会保障受給権英語版といった、経済的、社会的及び文化的権利英語版に該当する他の諸権利との関連を考慮しなければならない[9]。経済的権利の中核をなす財産権、勤労権、社会保障受給権の3つの権利が保障されていれば、通常はそれで十分な生活水準への権利も保障されていることが多い[6]

出典[編集]

  1. ^ a b c Bourquain(2008), p.137.
  2. ^ a b c 内藤(2001)、51頁。
  3. ^ a b Alfredsson(1999), p.524.
  4. ^ Alfredsson(1999), p.527.
  5. ^ Alfredsson(1999), p.528.
  6. ^ a b c Alfredsson(1999), p.523.
  7. ^ a b Alfredsson(1999), p.530.
  8. ^ Alfredsson(1999), p.532.
  9. ^ a b Clause(2006), p.173.
  10. ^ a b 国際農林業協働協会(2007)、9頁。
  11. ^ a b 内藤(2001)、53頁。
  12. ^ a b Stephen(2008), p.1.
  13. ^ 斎藤(1999)、24頁。
  14. ^ Alfredsson(1999), p.533.
  15. ^ a b 近畿弁護士会連合会(1996)、13-14頁。
  16. ^ E/1989/22(SUPP), pp.68-70, para.316.
  17. ^ E/1989/22(SUPP), pp.71-72, paras.319-326.
  18. ^ a b c 内藤(2001)、51頁。
  19. ^ 近畿弁護士会連合会(1996)、16-18頁。

参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]