リコ・ロドリゲス (音楽家)

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リコ・ロドリゲス
基本情報
出生名 エマニュエル・ロドリゲス
別名 リコ
出生 1934年10月17日(79歳)
出身地 ジャマイカの旗 ジャマイカ
ジャンル スカ
2トーン
レゲエ
職業 トロンボーン奏者
担当楽器 トロンボーン

リコ・ロドリゲスRico Rodriguez、本名エマニュエル・ロドリゲス Emmanuel Rodriguez1934年10月17日 - )は、ジャマイカキングストン生まれのトロンボーン奏者。初期ジャマイカ音楽における最高のトロンボーニストの一人とされる。

経歴[編集]

アルファ・スクール在学中、トロンボーンの演奏を学ぶ。同校で講師をしていたドン・ドラモンドにもトロンボーンの演奏を教わった。ドラモンドは後にスカにおけるトロンボーンの第一人者となる。

1950年代にリコはラスタとなり、同じくラスタのドラマーであるカウント・オジーと密接に関わるようになる。カウント・オジーはプリンス・バスターやロイド・マタドール・デリーなどの大勢のプロデューサーレコーディングをしていた。ワレイカ・ヒルにあるラスタのコミューンに集まり、後のザ・スカタライツのメンバーとなるドン・ドラモンドやトミー・マクック、ジョニー・ムーア達と一緒にセッションを繰り返していた。

1961年、ワレイカ・ヒルの仲間に引き止められるも渡英[1]英国レゲエバンドで演奏を続けた。1976年アイランド・レコーズと契約、代表作である『マン・フロム・ワレイカ』をレコーディングする。

1970年代後半に、新たに2トーンが生まれると、リコは2トーンバンドザ・スペシャルズに参加する。最も記念すべき演奏の一つ、「ア・メッセージ・トゥ・ユー・ルーディ」にも参加している。

1996年からは、他の仕事とも平行してジュールズ・ホランド&ブルース・オーケストラに参加、更なるトロンボーン奏者としての活動を続けている。

ディスコグラフィ[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 渡英しなければ高い確率でザ・スカタライツのメンバーになっていたと言われる。

外部リンク[編集]