ラレイン・デイ

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ラレイン・デイ
Laraine Day
Laraine Day
1949年撮影
本名 La Raine Johnson
生年月日 1920年10月13日
没年月日 2007年11月10日(満87歳没)
出生地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国ユタ州ルーズベルト
職業 女優
ジャンル 映画
活動期間 1937年 - 1986年
主な作品
海外特派員
危険な女

ラレイン・デイLaraine Day 本名:La Raine Johnson, 1920年10月13日 - 2007年11月10日)は、アメリカ合衆国女優

生涯[編集]

本名はラ・レイン・ジョンソン(La Raine Johnson)で、ユタ州ルーズベルトモルモン教徒の家庭に出生。のちにカリフォルニア州に引っ越した。1937年に『ステラ・ダラス』で映画デビュー。直ぐにRKOと契約を結んだ。1939年メトロ・ゴールドウィン・メイヤーへ移籍する。

1940年
1944年
Laraine Day as Mary Lamont.jpg

1940年に『海外特派員』に主演して一躍注目を浴びる。1941年には「ハリウッドの明日のスター」1位に選ばれた[1]1946年は『危険な女』でも主演する。

私生活[編集]

モルモン教の信仰を固く守り、亡くなるまでいかなる種類のコーヒー紅茶アルコールも飲んだ事が無かった。

1942年にジェイムズ・ヘンドリックスと最初の結婚。

1946年12月1日にヘンドリックスとの離婚を申請した。そして、1947年1月20日に暫定的に離婚した。正式な離婚が成立し、再婚出来るようになるまでは1年待たなければならなかったが、テキサス州エル・パソまで旅をし、メジャーリーグベースボールロサンゼルス・ドジャースレオ・ドローチャー監督と結婚式を挙げた。違法だとして認められず、1948年2月16日まで待って再度結婚した。

ドローチャーとは1960年6月に離婚。数日後にテレビのプロデューサーと結婚した。

2007年11月10日にユタ州アイヴィンスにある娘の自宅で死去。

主な出演作品[編集]

映画[編集]

主な出演作品[編集]

公開年 邦題
原題
役名 備考
1937 ステラ・ダラス
Stella Dallas
1939 ターザンの猛襲
Tarzan Finds a Son
リチャード・ランシング夫人
1940 海外特派員
Foreign Correspondent
キャロル・フィッシャー
1941 荒野の掠奪
The Bad Man
ルチア・ペル
1943 マーガレットの旅
Journey for Margaret
ノラ・ジョーンズ
ミスターラッキー
Mr. Lucky
ドロシー・ブライアント
1944 軍医ワッセル大佐
The Story of Dr. Wassell
マドレーヌ
パイロットの花嫁
Bride by Mistake
ノラ・ハンター
1946 危険な女
The Locket
ナンシー
1947 タイクーン
Tycoon
モーラ
1949 十三号桟橋
I Married a Communist
ナンローリー・コリンズ
1954 紅の翼
The High and the Mighty
リディア・ライス
1960 他人の声
The 3rd Voice
マリアン・フォーブス
1975 ファラ・フォーセットの スカイパニック
Murder on Flight 502
クレア・ガーウッド
1986 ジェシカおばさんの事件簿
Murder, She Wrote
コンスタンス・フレッチャー

脚注[編集]

  1. ^ “CUPID'S INFLUENCE ON THE FILM BOX-OFFICE.”. The Argus (Melbourne, Vic. : 1848 - 1956) (Melbourne, Vic.: National Library of Australia): p. 7 Supplement:The Argus Week-end Magazine. (1941年10月4日). http://nla.gov.au/nla.news-article8208562 2012年4月24日閲覧。 

外部リンク[編集]