ラディスラフ・ムニャチコ

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ラディスラフ・ムニャチコ(Ladislav Mňačko、1919年1月28日-1994年2月24日)は、スロバキア作家ジャーナリストズリーン州ヴァラシュスケー・クロボウキ生まれ。

第二次世界大戦中、パルチザン運動に参加し、戦後はチェコスロバキア共産党の体制を支持した。しかし共産主義体制に失望し、批判的な姿勢をとるようになり、体制の暗部を描いた作品を発表した。第三次中東戦争に対するチェコスロバキア政府の親アラブの態度に抗議した。1968年のプラハの春ワルシャワ条約機構軍の介入で頓挫した後、オーストリアに亡命。1989年のビロード革命後に帰国した。

著作[編集]

  • 『遅れたレポート』、栗栖継訳、勁草書房、1966年、増補版、1970年、岩波書店・同時代ライブラリー、1990年
  • 『死の名はエンゲルヒェン』、栗栖継訳、勁草書房、1969年
  • 『七日目の夜』、栗栖継訳、河出書房新社、1969年
  • 『権力の味』、栗栖継訳、河出書房新社、1970年