マリンチェ
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マリンチェとコルテス(トラスカラの古写本より)
マリンチェ(La Malinche、1496年頃あるいは1505年頃 - 1529年頃。没年を1550年とする資料もある)は、スペインのアステカ征服に際しスペイン側に協力したコラボレーターの代表的女性。
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[編集] 生涯
マリンチェはパイナラの首長の家に生まれたが、父親が亡くなり母親が再婚すると邪魔者扱いされてタバスコ州の村に奴隷として売られた[1]。この境遇によりナワトル語、マヤ語双方に通じ、後に通訳としてもスペイン側の為に多大な働きをした[2]。彼女はタバスコの首長よりエルナン・コルテスに献上された後[1]、通訳として彼のアステカ征服に多大な貢献をした。ベルナル・ディアス・デル・カスティリョは彼女をわれわれの舌と呼んだ[1]。
アステカ滅亡後、コルテスの子マルティンを生んだ。ただし、コルテス家の跡を継いだマルティンはコルテスの後妻の子で同姓同名の弟であり、マリンチェの産んだ子ではない。コルテスの息子を産んだ彼女だが、コルテスの回想録では通訳とのみ記しているだけで、後にコルテスの部下であるイダルゴと結婚させられた[2]。
[編集] 評価
メキシコがスペインから独立した際に、アステカ最後の王であるクアウテモックが英雄視されたのと対照的に、彼女は裏切り者の代名詞とされた[2]。
近年のメキシコでは、フェミニズムの観点から彼女に同情的な意見も見られるようになっている[1]。また未来を生む象徴と見る向きもある[3]。
[編集] 脚注
[編集] 関連書籍
- 飯島正『メキシコのマリンチェ』(晶文社 1990年)
- 霜鳥慶邦「女神になったマリンチェ―『羽鱗の蛇』とアステカの記憶」(『英文学研究』84号、2007年)