マリア・ラスカリナ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
マリア・ラスカリナ(Maria Laskarina, 1206年頃 - 1270年6月16日または6月24日)は、ハンガリー王ベーラ4世の妃。ハンガリー語名はラスカリス・マーリア(Laszkarisz Mária)。
ニカイア帝国初代皇帝テオドロス1世ラスカリスと、妃アンナ・アンゲリナの次女として生まれた。1218年、ベーラ4世と結婚した。2人の間には10子が生まれた。
- マルギト(1220年 - 1242年)
- キンガ(1224年 - 1292年)
- アンナ(1226年 - 1285年) - ハールィチ公ロスチラフ・ミハイロヴィチの妻
- カタリン(1229年 - 1242年)
- エルジェーベト(1236年 - 1271年) - バイエルン公ハインリヒ13世妃
- コンスタンツィア(1237年 - ?) - ハールィチ公レーヴ1世妃
- ヨラーン(1239年 - 1298年) - ヴィエルコポルスカ公ボレスワフ妃
- イシュトヴァーン5世(1239年 - 1272年)
- マルギト(1242年 - 1270年)
- ベーラ(1243年 - 1269年)
1270年、マリアはブダで死去し、エステルゴムに埋葬された。
近代ギリシャ王国の初代国王オソン1世はヴィッテルスバッハ家のバイエルン王子であったが、ギリシャ王に推戴された理由の一つとして、マリアの息子イシュトヴァーン5世の子孫で東ローマ皇帝の末裔であったことが挙げられた。またオソン以外のギリシャ国王候補者もマリアの血を引いていた。