マディーナ・レイク
| Madina Lake | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 出身地 | |
| ジャンル | ポスト・ハードコア オルタナティブ・ロック |
| 活動期間 | 2005年~現在 |
| レーベル | |
| 公式サイト | madinalake.com |
| メンバー | |
| ネイサン・レオン マシュー・レオン マテオ・カマルゴ ダニエル・トレッリ |
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マディーナ・レイク(Madina Lake)とは、アメリカ合衆国イリノイ州シカゴ にて結成されたポスト・ハードコアバンドである。
2006年にデビューを飾り、その非常にエモーショナルかつヘヴィーなロックサウンドで人気を獲得。また、現在までに三度の来日公演を行っており、日本でも人気が高い。
目次 |
現在のメンバー [編集]
ネイサン・レオン / Nathan Leone (ヴォーカル)
- イリノイ州シカゴ生まれ。1998年に、兄のマシューと共に「The Blank Theory 」というバンドを結成していた。誕生日は、5月6日。
- 幼い頃、乗っていた買い物カートから落ちて目の筋肉を切っている。
- 12歳の時に母親を事故で亡くしている。
マシュー・レオン / Matthew Leone (ベース)
- ネイサンより3分早く生まれた双子の兄。もちろん誕生日も、同じ5月6日。
- 大学の頃は、プロサッカー選手を目指していた。
- 21歳の時に、初めてベースを手にした。
- 2010年に、路上で起こっていた女性への暴力を止めに入った際、その女性の夫とみられる男性から暴行を受け、頭部に重症を負った。現在は、快方へ向かっている。
マテオ・カマルゴ / Mateo Camargo (ギター・プログラミング・シンセサイザー)
- コロンビアで生まれる。しかし、フロリダ州オーランドにあるフル・セイル大学への進学を機にアメリカに移住した。誕生日は、3月11日。レオン兄弟と出会ったことをキッカケにMadina lakeに加わる。
- ダニエル・トレッリと共に「Reforma」というバンドに在籍していた。
ダニエル・トレッリ / Daniel Torelli (ドラム)
略歴 [編集]
2005年~2009年 : ロードランナーとの契約から解除まで [編集]
2005年1月、イリノイ州シカゴにて"The Blank Theory"に在籍していたレオン兄弟と、"Reforma"に在籍していたマテオとダニエルの四人で"Madina Lake"を結成。
2006年10月3日、自主制作でミニアルバム「The Disappearance of Adalia」をリリース。このアルバムに目を付けたメジャーレーベルRoadrunnerから誘いが掛かり、契約を結ぶことに成功する。
2007年3月27日、1stアルバム『From Them, Through Us, to You』をリリース。同年8月には、「サマーソニック 07」にて[1]、そして11月には、初の単独来日公演を行う[2]。それからもまもなくして、大手音楽雑誌の"Kerrang!"が主催する「2007 Kerrang! Awards」にて「Best International Newcomer」を受賞する[3]。
2009年4月には「PUNKSPRING09」にて来日公演を行う[4]。そして、同年5月4日に2ndアルバム『Attics to Eden』をリリースし、ビルボードアルバムチャートにて初登場153位を記録している。
2010年~現在 : マシューの手術から新たなスタートへ [編集]
2010年6月30日、ベーシストのマシューが、道で女性へ暴行を加える男性の姿を発見。すぐさま仲裁に入ったところ、その男性から激しい暴行を受け、一時意識不明の重体となった[5]。しかし、この当時、アメリカでは健康保険加入に莫大な費用が掛かるため、マシューは無保険の状態だった。その為、ファンからの寄付を募り、それを治療費の一部にあてる方法を採った。その後、一度目の手術を行う。
2010年7月5日に、マシューの二度目の手術が無事終了した[6]。
2010年12月には、自主制作EP『The Dresden Codex』をリリースしている。
2011年3月11日に発生した東日本大震災を受けて、バンドはTwitter上に次のようなコメントを寄せた[7]。
| “ | 『Japanese friends.. all our love/energy to you guys. If possible were coming on April 1 to help/volunteer whether Punkspring is on or not』 (日本の友人達へ、僕たちの愛とエネルギーの全てをみんなに送るよ。もし可能なら、PUNKSPRINGがあろうとなかろうと、4月1日にボランティアで、もしくは助けに行きたいと思っているよ。) |
” |
2011年4月初頭に、メジャーレーベルの「Razor & Tie / Sony」との契約を結ぶ。また、ニューアルバム『World War III』が、同年の9月13日にリリースされた。1stシングルは「Hey Superstar」。ちなみに、このアルバムは各方面から高い評価を得ており、音楽情報サイト「IGN」は「新旧のファン双方を満足させられる、純粋に素晴らしいロックアルバム」と称し、そのスコアを90点としている。なお、日本国内盤は「Hydrant Music」から9月14日に発売されており、2010年発表のEP『The Dresden Codex』からボーナストラックが収録されている。
ディスコグラフィー [編集]
アルバム [編集]
| 発売日 | アルバムのタイトル | 販売レーベル | 全米ビルボードアルバムチャート最高位[8] | セールス |
| 2007年3月27日 |
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Roadrunner |
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| 2009年5月4日 |
|
Roadrunner |
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| 2011年9月13日 |
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Sony / Razor & Tie |
シングル [編集]
| 発表 | 曲名 | 各チャート最高位 | 収録アルバム | ||
|---|---|---|---|---|---|
| Hot Modern Rock[9] | UK Singles[10] | UK Rock | |||
| 2007年 | "House of Cards" | 38 | — | — | From Them, Through Us, to You |
| "Here I Stand" | — | 141 | 2 | ||
| "One Last Kiss" | — | — | — | ||
| 2008年 | "Pandora" | — | — | — | |
| 2009年 | "Never Take Us Alive" | — | — | 10 |
|
| 2011年 | "Hey Superstar" | — | — | — |
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EP [編集]
- The Disappearance of Adalia (2006)
- The Dresden Codex (2010)
テレビ番組「FEAR FACTOR」への出演 [編集]
ネイサンとマシューの二人は、MADINA LAKEとしての活動資金を得るため、アメリカの危険なゲームに挑戦するというテレビ番組「FEAR FACTOR」の、双子のみを対象にした特別大会に出演した。
「ヘリコプターからの中吊り」、「塹壕をよじ登る」、「牛の内臓で出来たプールでの水泳」などのゲームを行い、見事優勝。優勝賞金5万ドルを獲得した。そして、手に入れた賞金は、自主製作盤のレコーディング費などに使われた[11]。
トリビア [編集]
- 1stアルバム「From Them, Through Us, to You」に収録されている"Morning Sadness"という楽曲は、ネイサン・レオンが、自分の亡き母に向けて書いたものである。
外部リンク [編集]
出典 [編集]
脚注 [編集]
- ^ “〈SUMMER SONIC 2007〉の出演アーティスト第7弾が発表”. bounce (bounce) 2009年4月2日閲覧。
- ^ “来日公演決定!!!!”. barks (barks) 2009年4月2日閲覧。
- ^ “K! TV: Best International Newcomer”. kerrang (kerrang) 2009年4月2日閲覧。
- ^ “PUNKSPRING09”. PUNKSPRING (PUNKSPRING) 2009年4月2日閲覧。
- ^ “MADINA LAKE、マシューが事件に巻き込まれ重体。意識は回復し、経過は良好”. ロードランナー (ロードランナー) 2011年6月20日閲覧。
- ^ “マシュー(MADINA LAKE)の2度目の手術、無事成功に!”. barks (ロードランナー) 2011年6月20日閲覧。
- ^ “MADINA LAKE、日本のファンへのメッセージをtweet。PUNKPSRINGがあっても無くても、できればボランティアで駆けつけたいよ。”. barks (激ロック) 2011年6月20日閲覧。
- ^ “ビルボード・アルバムチャート”. billboard (billboard) 2009年4月2日閲覧。
- ^ “ビルボード・シングルチャート”. billboard (billboard) 2009年4月2日閲覧。
- ^ “Chart Log UK”. zobbel (zobbel) 2009年4月2日閲覧。
- ^ “Barks バイオグラフィー”. Barks (Barks) 2009年4月2日閲覧。