マックス・ドヴォルシャック

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Max Dvořák. Photo by Anton Kolm.

マックス・ドヴォルシャック(Max Dvořák, 1874年 - 1921年)は、チェコ出身の美術史家。姓はドボルザークドヴォルジャークドヴォジャークなどとも表記される。

1874年、現在のチェコにあるロウドニツェ  (Roudnice nad Labemで古文書館員の父親のもとに生まれた。はじめプラハ大学歴史学を学び、14世紀イタリアの写本装飾画に対するビザンティンの影響を扱った論文 (1900年) を発表したのち大学教授資格を得る (1902年)[1][2]。その翌年に刊行された『ヴァン・エイク兄弟の謎』 (1903年) は鑑定学の近代化をすすめていたモレッリの手法を洗練深化させた、と評された[2]

1909年からウィーン大学で芸術史の正教授に就任。中世・近世美術史を担当したほか、前任のアロイス・リーグルが組織していた文化財研究所でも後継者となり、とくに近代ドイツ史の史料修正刊行に尽力したが、1921年に急逝[2]

没後に遺稿と講義録が集められ、5巻本の著作集として刊行された。このうち現在では、一般精神史の表出としての美術史を構想した『精神史としての美術史』(1924年) がとくに知られており、美術史学上、ディルタイリッケルトの影響を受けた「ウィーン学派」の代表的存在と目されている。また彼の著作は、エル・グレコブリューゲルを題材としたマニエリスムの先駆的研究でもあった[3][2]。画家のオスカー・ココシュカと交流があったことでも知られる。

脚注[編集]

  1. ^ 「訳者序文」(マクス・ドヴォルシャック『イタリア・ルネサンス美術史』岩崎美術社、1966)
  2. ^ a b c d ユーリウス・フォン・シュロッサー『美術史「ウィーン学派」』(中央公論美術出版、2000年)
  3. ^ ドヴォルシャック「グレコとマニエリズムについて」(『精神史としての美術史』中村茂夫訳、岩崎美術社、1966, pp.263-280)

著作[編集]

  • Gesammelte Aufsätze zur Kunstgeschichte von Max Dvorak, 5 vols., ed. by J. Wilde and K. M. Swoboda, (München, 1929)
    マクス・ドヴォルシャック『イタリア・ルネサンス美術史』上下巻、中村茂夫訳、岩崎美術社、1966年
    マクス・ドヴォルシャック『精神史としての美術史 — ヨーロッパ芸術精神の発展に関する研究』中村茂夫訳、岩崎美術社、1966年

関連項目[編集]