ベルンハルト・フェルスター

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反ユダヤ主義者たち。左手から2番目がフェルスター

ベルンハルト・フェルスター(Bernhard Förster、1843年3月31日 - 1889年6月3日)は、19世紀ドイツ反ユダヤ主義の煽動家。

ザクセン王国ディーリッチ出身で、元はギムナジウムの教師。その思想は、ユダヤ人問題に関する著作における「(ユダヤ人は)ドイツの国体に巣喰った寄生虫」という表現に歴然としている。また、弟のパウルもまた反ユダヤ主義の政治家だった。

フェルスターは、哲学者フリードリヒ・ニーチェの妹エリーザベトと結婚した。H.L.メンケンによると、ニーチェはフェルスターの反ユダヤ思想のために、妹の結婚式に出席するのを拒絶したという[1]

1886年に純粋アーリア人社会の建設を標榜し、同士を連れてパラグアイの奥地に入植するが、気候の問題や風土病によって、彼が夢見た新ゲルマニアが脆くも破綻すると、1889年にパラグアイのサン・ベルナルディーノのオテル・デル・ラーゴにおいて、モルヒネストリキニーネの混ぜ物を服毒して自殺した。

註釈[編集]