チャールズ・フランシス・アダムズ (2世)

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チャールズ・フランシス・アダムズ

チャールズ・フランシス・アダムズCharles Francis Adams, 1835年5月27日 - 1915年5月20日)は、アメリカ合衆国実業家軍人1884年から1890年までユニオン・パシフィック鉄道の第8代社長を務めた。

生い立ち[編集]

1835年、アダムズはマサチューセッツ州ボストンにおいて誕生した。アダムズはボストン・ラテン・スクールBoston Latin School)で学んだ後、1856年ハーバード大学を卒業した。

南北戦争[編集]

南北戦争が勃発すると、アダムズは合衆国側を支持した。アダムズはマサチューセッツ騎兵連隊に大尉として入隊した。アダムズの中隊はゲティスバーグ戦役を戦い、特にアルディーの戦いで大きな戦果を挙げた。1865年、アダムズは正規軍において准将の名誉階級を授かった。

鉄道事業[編集]

南北戦争後、アダムズはマサチューセッツ州鉄道委員会に参加した。アダムズは州内で営業する鉄道会社に対し、州鉄道委員会が定めた事業規範への準拠を要望した。

アダムズは1884年から1890年までユニオン・パシフィック鉄道の社長を務めた。アダムズは鉄道の経営に関する権威として広く知られるようになった。アダムズは鉄道に関し、1878年に「鉄道―その起源と問題」を著した。

家族[編集]

チャールズ・フランシス・アダムズは、アメリカ合衆国下院議員を務めたチャールズ・フランシス・アダムズと、マサチューセッツ州の商人の娘アビゲイル・ブラウン・ブルックス (Abigail Brown Brooks, 1808-1889) との間に生まれた。

1865年11月7日、アダムズはロードアイランド州ニューポートにおいて、メアリー・ホーン・オグデン(Mary Hone Ogden, 1843年2月23日 - 1935年3月23日)と結婚した。2人は以下の子供をもうけた。

参考文献[編集]

  • Antinomianism in the Colony of Massachusetts Bay, 1636-38 (1894).
  • "Imperialism" and "The Tracks of Our Forefathers" (1898).
  • Kirkland, Edward C. Charles Francis Adams Jr., 1835-1915: Patrician at Bay. Cambridge: Harvard University Press, 1967.
  • McCraw, Thomas K. Prophets of Regulation: Charles Francis Adams, Louis D. Brandeis, James M. Landis, Alfred E. Kahn. Cambridge: Belknap Press of Harvard University Press, 1984.
  • Railroads: Their Origin and Problems (1878).
  • Soylent Communications (2005), Charles Francis Adams, Jr.. Retrieved February 21 2005.
  • Three Episodes of Massachusetts History (1892).
  • "'Tis Sixty Years Since." (1913)

外部リンク[編集]

公職
先代:
シドニー・ディロン
ユニオン・パシフィック鉄道社長
1884年 - 1890年
次代:
シドニー・ディロン