ジョージ・ハーナンデス

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George Hernandez
ジョージ・ハーナンデス
別名義 ジョージ・F・ハーナンデス George F. Hernandez
生年月日 1863年6月6日
没年月日 1922年12月31日(満59歳没)
出生地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 カリフォルニア州エルドラド郡プレイサーヴィル
死没地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 カリフォルニア州ロサンゼルス市
職業 俳優
ジャンル サイレント映画
活動期間 1910年 - 1922年
配偶者 アンナ・ダッジ

ジョージ・ハーナンデスGeorge Hernandez, 1863年6月6日 - 1922年12月31日)は、アメリカ合衆国俳優である[1]ジョージ・F・ハーナンデスGeorge F. Hernandez)ともクレジットされた[1]

人物・来歴[編集]

1863年文久年間6月6日カリフォルニア州エルドラド郡プレイサーヴィルに生まれる[1]

満37歳を迎える1910年(明治43年)、セリグ・ポリスコープ・カンパニーに入社、ロスコー・アーバックルが主演する短篇コメディ The Sanitarium に出演したのが、もっとも古い映画への出演記録である[1]。以降、同社が量産する短篇映画に100作ほど出演する[1]。時期は不明であるが、1911年(明治44年)かそれ以前に4歳年少の女優のアンナ・ダッジ(旧姓、1867年 - 1945年)と結婚している[1][2]

1916年(大正5年)、満43歳にしてセリグを離れ、ユニヴァーサル・フィルム・マニュファクチュアリング・カンパニー(現在のユニバーサル・ピクチャーズ)に移籍、同年、同社傘下に設立されたブルーバード映画で、『沼の秘密』、『沼の少女』、『虹晴』、『神の坩堝』、『運命の浪』、『南方の判事』、『大自然』、『独艇の根拠地』とリン・F・レイノルズ監督、マートル・ゴンザレス主演作品に立て続けに相手役として出演し、マートル・ゴンザレスの引退後も、リン・F・レイノルズ監督の Mr. Opp に出演[1]、1919年(大正8年)にはブルーバード映画最終作品とされる[3]ジャック・ディロン(ジョン・フランシス・ディロン)監督の『赤い酒』に出演[1]、これらは1作を除いてすべて日本でも公開された[4]

1920年(大正9年)にはフォックス・フィルム(現在の20世紀フォックス)に移籍、最晩年まで映画出演をつづけたが、1922年(大正11年)12月31日、カリフォルニア州ロサンゼルス市で、手術後の合併症により死去した[1]。満59歳没。

おもなフィルモグラフィ[編集]

すべて出演作である[1]。1910年 - 1915年の時期の約100作は短篇が多く、おもなものにとどめた。

1910年代[編集]

1920年代[編集]

関連事項[編集]

[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j George Hernandez, Internet Movie Database (英語), 2010年6月15日閲覧。
  2. ^ 1911年、アンナの出演作 The Herders に「ハーナンデス夫人」(Mrs. Hernandez)とクレジットされている。Anna Dodge - インターネット・ムービー・データベース(英語), 2010年6月15日閲覧。
  3. ^ 『ブルーバード映画の記録』 : 製作・著・発行山中十志雄・塚田嘉信、1984年4月、p.1.
  4. ^ 『ブルーバード映画の記録』、p.60-63.

外部リンク[編集]