ジョン・ラウドン

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ジョン・クラウディス・ラウドン

ジョン・クラウディス・ラウドン(John Claudius Loudon 1783年4月8日 - 1843年12月14日)は、英国の造園家。1830年代のイギリスのランドスケープ・デザイナーとして大変著名な人物である。19世紀初頭から英国で出現した新しい庭園スタイルとして提唱された「ガードネスク」の中心人物となった。

彼は富裕層の住宅庭園の設計で有名になり、後には作家としても有名になった人物である。

庭園デザインは19世紀にはいると、かつてランスロット・ブラウンが示した自然風景式でデザインされた庭園は非常に単調な手法に見え、これに飽き足らなくなった一派はもっと絵画美術のような庭を求める傾向が出現する。これが後にピクチャレスク派と呼ばれ、フォリーが流行、ゴシック趣味をもちこんだうえ、同時代の代表的な造園家であるハンフリー・レプトンなどに論争を仕掛けたりした。

豊かな経済力をもった当時の英国では、プラントハンターを出現させ、栽培技術も向上し、身近な場所で珍種できらびやかな草花を育てたいという傾向が強くなっていった。そういった時代背景から、園芸専門家がもっぱら腕のほどを示す庭作りを目指した。これがピクチャレスクの言葉に対比させて、ガードネスクという名称で呼ばれることとなる。そうした庭園デザインの中心に位置していたのがラウドンであった。

また思想の中でも特に重要なのはロンドンの広域的な地域計画を示した点で、この計画ではテムス川沿いのウエストミンスター寺院を中心に,市街のリングと田園地帯のリングが描かれている。このような同心円状のダイアグラムを用いることでラウドンは市街地だけでは人々は生活できないこと,また田園地帯だけでも生活は成り立たないことを示そうとしたのである。両者がともに重要であるという考え方は1830年当時には大変重要な考え方とされ、現在でも注目すべき思想であるとみられる。

参考文献[編集]

  • D.Stroud:Repton 1982年

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