ジャン=バティスト・ムーニエ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
ムーニエの飛行船の案

ジャン=バティスト・ムーニエJean Baptiste Marie Charles Meusnier de la Placeトゥール生まれ 1754年6月19日 - 1793年6月13日)はフランスの幾何学者、エンジニアである。王立工学校(École Royale du Génie)にいた時に定式化した曲面の曲率と曲率半径に関するムーニエの定理で知られる。螺旋面(ヘリコイド)の研究を行い、アントワーヌ・ラヴォアジエともに水の分解と水素の製造の研究を行った。

ムーニエは飛行船の発案者とされることがある。モンゴルフィエ兄弟の気球による初飛行からまもない1784年に、飛行船の計画を科学アカデミーに提案した。84mの長さの楕円形の気嚢にボート型のゴンドラを吊るして80人の人力で駆動するプロペラで推進する計画であった。実行には移されなかったが1852年に飛行船の動力飛行に成功したアンリ・ジファールの着想に影響を与えたとされる。

フランス革命戦争では共和軍の兵士として戦い、1793年のマインツ包囲戦で負傷し、それがもとで没した。